4話 引かぬし、媚(こ)びぬし、省(かえり)みない紅院美麗。

 4話 引かぬし、媚(こ)びぬし、省(かえり)みない紅院美麗。


「誰も褒めてへん」


 トコの、くっきりとしたアーモンド形の双眸(そうぼう)が、呆れに圧されて、半眼へと歪む。

 その鮮やかなブルーの瞳に射す影を見つめながら、

 紅院は、


「はぁ? この紅院美麗という絶世にして完璧な美少女を誰も褒めない? ははっ、ありえないわね。トコ、よく聞きなさい。私を前にした者は、脊髄反射的に跪いてしまうものなの。そして、この世界一の完璧な美を称えてしまうものなのよ」


「世界一の美て……あんた、中学の時のガチ美少女ランキングであたしに勝った事ないやん」


「ロリコン大国日本のバカ男なんて眼中にないから、どうでもいいわ。ウルトラスタイリッシュゴッデスの私ではなく、ミニマムボディのトコに票が集まってしまうのは、ただのお国柄。『アフリカでは太っているのが美の象徴』みたいなものよ。良かったわね、ロリ体型で」


「誰がロリ体型やねん。あたしの身長は、全体平均より3センチ低いだけや」


「ふふん。私は平均より十五センチも上なのよ? つまり、トコとの差は十八センチ。これは、決して抗えない決定的な差と言わざるをえないわね。さあ、死んで詫びなさい」


「死ななアカン理由も、詫びなアカン理由も、何一つとして分からへん。あんた、どういうルールの世界で生きとんの?」


「紅院美麗は究極の女神。それがこの世界のルールよ」


「あかん、こいつ発狂しとる」


「どうして、こんなになるまで放っておいたのですか、トコさん」


 黒木の、深い夜を切り取ったような漆黒のポニテがシュンとうなだれた。

 悲哀に濡れた両眼は、やや釣り気味で、

 長いまつ毛に埋まってしまいそうな、

 鋭い気品を感じさせる奥二重。


「あたしはパーフェクトな美少女やけど、神ではないっちゅうこっちゃ」


「いいお薬ありませんか? 世界一と名高いトコさんの製薬会社がその気になれば――」


「マナミ、諦めぇ! ミレーはもうアカン……捨てていこう」


「そ、そんな……」


 およよ、と両手で顔を隠す黒木の肩に、

 ポンと手を置いた紅院が、フンスと胸を張って、


「学美。何がそんなに悲しいのか知らないけれど、とりあえず涙をふきなさい。大丈夫。ここには、私がいる。私の美しさの前では、どんな苦しみも悲しみも裸足で逃げ出すわ」


「……へこたれへんやっちゃなぁ……」


「まあ、美麗さんは、人の話なんて『大人しいセミの鳴き声』ぐらいにしか思っていない人ですから、仕方ありません」


「ほんま、ミレーくらいやで。イカレ方で『コレ』に匹敵すんの」


 そこで、トコは、背後に視線を向けた。

 彼女達の背後、掃除ロッカーの前では、ガッツリと布団を敷き、キッチリとアイマスクを装着し、枕元に加湿器まで置いて、スヤスヤと眠っている美少女がいた。


「……『ソレ』と比べられると、流石にショックなのだけれど」


「はははっ! 流石のミレーも、『ツミカ』と同列扱いはイヤなんやな」



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