90話 ディストピアだ……


 90話 ディストピアだ……


 『そろそろ、ニュースが流れる。逮捕された男の詳細は、東京都足立区在住の30歳公務員の男だ。名前は反町太陽(そるまち たいよう)』

 『おい、マジじゃねぇか。ニュースみろ。今、本当に、反町って公務員がセンエース批判の罪で逮捕されてやがる』


 ニュースが流れて以降、

 書き込み削除の件数は激減した。


 冗談でもセンエースを批判すると本当に危ない、

 と、誰もが理解しはじめた。

 倫理や道徳を説いても、人はなかなか行動をあらためないが、

 『命の危険』を前にすると、人は、簡単に主義を捨てる。


 『ネット掲示板で他者を批判すること』だけを生きる目的にしている連中も、さすがに、今回ばかりはビビってナリを潜めた。

 『そんな脅しには屈しねぇ!』と特攻批判を決めたバカは、例外なく、全員、ハジからもれなく逮捕されていく。


 ――そんな、世相のムーブをナマで見ていたセンは、


「……でぃ、ディストピアだ……」


 つい、ボソっと、そうつぶやいてしまった。

 すると、隣で寝転んでいる茶柱が、


「センセーは、命知らずだにゃぁ。このご時世に、そんなセリフを吐くだにゃんて。今の時代、センエースを批判したら、秘密警察に捕縛されて拷問を受けて、一族郎党皆殺しにされるにゃ。めったなことを口にするものじゃないにゃ」


「……俺はそんな脅しには屈しねぇ!」


 そう叫びながら、

 センは、あらゆるメディア媒体を通して、


 『センエースは大した男じゃない。センエースはただの、どこにでもいる量産型の汎用一般人でしかない。バカじゃないが賢くない。運動神経は並み以下。顔面偏差値も並み以下。性格も奇妙に歪んでいる。だから、友達もいないし、恋人もいない。正直、まっすぐなダメ人間と言っていい。拡散希望』


 などと、センエースの真実を伝えようと奮闘する。

 すぐさま削除されるが、センはめげない。

 センエースは諦めることを諦めたヒーローであるからして。


 ――そんな、センの書き込み奮闘風景を横で見ていた茶柱が、


「ムリヤリ4人の女と重婚して、手籠めにしたくせに、恋人いないとか、嘘八百もいいところにゃ」


「おい、そこの緑黄色(りょくおうしょく)ボンバーマン。一つだけ忠告しておく。このご時世、センエースに対する誹謗中傷だけはやめておけ。死人が出るぞ」


「都合のいいところだけ、センエースフィーバーを利用しようとするだなんて、最低にゃ」


「そうだ。俺は最低だ。高潔さなどカケラもない。だから、俺は! この戦いを! やめない!」


 そう叫びながら、センは、必死になって、

 ネットの海の片隅で、センエースに対する批判を続行する。


 『センエースがなんぼのもんじゃい!』と叫び続けるセンエース。


 そんな、あまりにも無意味な時間を過ごしていると、

 そこで、トイメンに座っているゾーヤが、



「陛下、理解しがたい謎の『はしたないマネ』はおやめなさい」



 と、呆れ交じりに、そうつぶやいた。


 昨夜から、当たり前のように、

 この家に住み着くようになったゾーヤは、

 まるで、この家で何十年も人生を刻んできたかのような、

 厳かな風格でもって、センに『品格とはなんぞや』の講義をかましていく。


「あなたは王なのです。常に、その自覚をもって行動していただかねば困ります」


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