13話 俺がブレるから。


 13話 俺がブレるから。


 ゾーヤは、これまで、愛など知らずに生きてきた。

 だからこそ、今の自分の感情がもどかしい。

 理解できない感情の暴走。

 センの行動に対し、不愉快とか不可解とかイラつきとか腹立たしさとか、

 そういう、細かなニュアンスをともなう『特別な憤怒』を感じながらも、

 しかし、同時に、『暴力的な愛おしさ』も感じてしまう。

 母性というオプションも加わった、愛情の最終形態。


 『尊さ』でおなか一杯という、

 理解しがたい感情の嵐の中心にいるゾーヤに、

 センは、視線を向けて、


「高潔だとか、慈悲深いとか……そういう綺麗なだけの言葉を使うなよ。俺がブレる」


 ボソボソと、


「お前らのためにやってんじゃねぇ。何度も言わせるな……俺は俺のやりたいことしかやらねぇ。……近くで痛い痛いとピーピー喚かれるより、自分自身がちょっと痛いだけの方が精神的に楽。俺はいつだって楽な方へ流れるだけ。流されて、たゆたって、そうやって生きてきて、これからも、そうやって生きていく。それだけ」


 そう言いながら、センは、

 ギヌリと、イブを睨みつけ、


「さあ、続きだ。次は、どんないやがらせでくる? 全部、受け止めてやるよ」


「……なぜ、そこまで出来る?」


 イブの純粋無垢な問いを受けて、

 センは、ニィと笑う。



「頭ワリぃから。それ以外の理由は、たぶん、ない」



 そう言いながら、センは、グンっと加速して踏み込む。


 右の拳に力をこめる。

 命が膨れ上がる。


「――閃拳――」


 とびっきりの必殺技を放つ。

 見た目は、ただの正拳突き。

 けれど、その中身に込められているのは、

 幾億の夜を超えてきた、この上なく尊き魂魄の結晶。


 だから、その拳は、

 イブに届く。



「ぐぅうっっ!!」



 お返しとばかりに、

 イブの腹部を貫いたセンの拳。


 血を吐き出すイブ。

 返り血を浴びるセン。


 ――センは、




「――ヒーロー見参――」




 とびっきりの覚悟を謳(うた)う。


 誰にもマネできない命の最果て。

 その姿を、世界中の人間が目の当たりにする。


 この瞬間に、誰もが、理解した。

 この男こそが、

 自分たちの王であること。


 『投票で選ばれたから』でも、

 『王族の血縁者だから』でも、

 『金をバラまいたから』でもない。


 そんな『システム上の話』ではない。

 『そうではない』ということに、

 全人類が気づく。


 ――だから、


「あ、ああ……抜けていく……絶望が……美しい憎悪が……」


 イブを輝かせるバフとして機能していた、全人類の『センエースに対する憎悪』が熔けていく。


 もはや、憎めなかった。

 センエースの輝きを前にして、憎む理由がなかった。


 もちろん、中には、センエースという輝きから目を背ける者もいた。

 あまりにも大きな光に対する妬み嫉み。

 高潔すぎる気概に対するやっかみ。

 人間の感情は、いつだって十人十色千差万別。

 けれど、そんな者たちですら、

 センエースに『過剰な憎悪』を向けることは難しかった。


 これほどまでの気高さを、目の中で見せられてしまえば、さすがに、『今、まさに、命をむき出しにしたヒーローに救われている最中である』という理解に届かなかった者はいないから。


「センエース……貴様に勝つために……これだけ準備を整えてきた……それでも勝てないのは……なぜだ……」

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