8話 何がそんなに気に入らないのか。


 8話 何がそんなに気に入らないのか。


「神聖毒か……なかなかの質量だ。お前には、毒を扱う才能がある。非常にすぐれた才能。間違いなく天才。けど、それだけ。矮小で醜い、カスみたいな命――俺の前では、ただのゴミ」


 パンッっと、『衝撃』にリソースを裂いたデコピンを決めていく。


 ほとんどダメージはないが、軽く吹っ飛ぶ。


 壁にぶつかって、うめき声をあげるトコ。

 そんな彼女の胸部を、軽く、ふみつけながら、

 センは、


「よう、虫けら。気分はどうだ?」


「な、なんで……どうして……急にこんな……あんた、なにが、そんなに、そんな気に入らんねん……」


 涙を流しながら、疑問符をぶつけてくる彼女に、


「俺に、『気に入らないこと』を挙げさせたら、朝までかかるぜ。いいことなんて、ほとんどねぇのに、辛い事と苦しいことだけは、常に山盛りの毎日……そんなクソ以下の人生を過ごしてきた俺が、多少ゆがむのは、むしろ道理。摂理と言ってもいいかもしれない」


「……」


「自覚しろよ、クソ女。てめぇが、俺をゆがませた理由だ。何もかも全部ではないが、割合としてはすさまじく大きい。クラスメイトである俺を、てめぇは一ミリも覚えていなかった。それどころか、さげすんだ目で見てきやがって。何がキモいだ、ざけんなよ」


 そう言いながら、

 また、右手に赤ん坊を具現化させる。


 ちなみに言っておくと、その赤ん坊のモデルは自分。

 センの家の玄関には、『センの赤ん坊のころの写真』が飾られており、外出するたびに目にしているので、イメージするのが簡単だった。

 あと、幻影とはいえ、自分以外だと、殺すのに躊躇しそうだったから。


 変なところで、律儀というか、無駄にチキンなヒーロー。

 それが、センエース。


「てめぇの罪を数えろ。このガキは、てめぇのせいで死ぬ。全部、てめぇのせいだ! 俺を忘れやがって! この俺を! こんだけ……こんだけ頑張って……くそがぁ……っ」


 叫んでいる途中で気づいた。

 自分が泣いていること。


(いや、俺、なんで、ここで泣いてんだ……っ)


 自分の感情が理解できなくて、

 センは心底から戸惑った。


 センは、自分の感情の理由に気づけない。

 なぜなら、気付こうとしていないから。

 必死に目をそらしている分野だから。


 ――実のところ、センは、

 言葉だけではなく、

 ガチで、薬宮トコを恨んでいるのだ。


 『これだけ頑張ってきた自分を忘れている薬宮トコ』に、

 センエースは、怒りと憤りを感じている。


 その『怒り』が『理不尽である』と『理性の表層』では理解している。

 タイムリープで記憶を消されているのだから、

 覚えていなくて当たりまえ。


 センは、それを理解している。

 だが、『怒り』とは、知性で抑えられるものではない。

 感情は、いつだって理性を軽んじる。


 結果、センは、『彼女たちから恨まれろ』という免罪符を盾にして、

 今、普通に、自分の底を蝕んでいる怒りを吐き出している。


 その無様さに、本当は気づいていながら、

 しかし、気付かないふりをしている。


 自分の『本物の無様さ』からは、

 つい、目をそむけてしまう、

 そんな、普通の人間性。


 それが、涙となってあらわれた、という、

 重ね重ね、無様な話。

 それだけのこと。



「罪深い貴様の罪を! 自覚しろぉお! てめぇのせいだ! 全部! 全部! 全部!」

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