95話 命の最強。


 95話 命の最強。


(……ああ、よかった……やっと終わる……)


 20年間、センに勝ち続けたルースーは、

 ようやく、最後に、一度だけ負けられるのだと理解して、

 大粒の涙を流した。


(よかった……よかった……ほんとうに……よかった…・・)


 感動していた。

 心から、

 センの勝利に歓喜した。

 あるいは、これまでの誰よりも、

 ルースーは、センの勝利を喜んでいるかもしれない。


(……ああ……永(なが)かっ……た――)


 センの拳が、

 ルースーの全てを飲み込んだ。


 とんでもない領域に至ったエネルギーの塊が、

 ルースーの命を奪い去る。


 存在ごと消し去る絶対の暴力。

 そのエナジーは、空間の全てに、あまねく響き渡った。


 反響して共鳴して振動する。


 そうして、いつしか、

 ビシっと、次元にヒビが入った。


 小さなヒビ割れは、

 やがて、大きなうねりとなって、

 この空間の全体に及ぶ。


 ――そして、

 センは、


 ――世界に帰る。






 ★






 ――センが、閉じ込められている間、

 世界は大きく変動していた。


 天童は、とっくの昔に学校を卒業していた。

 それどころか、この20年の間に、

 とことん自身を磨き上げ、

 『天使の総大将』にまで成り上がっていた。


 多くの敵を葬ってきた。

 多くの絶望を乗り越えてきた。


 すでに、天童は、『主』を超えていた。

 究極超神化7という、信じられない覚醒技を使う主を、

 天童は置き去りにしていたのだ。


 天童は、間違いなく世界最強にして至高の存在。

 無敵の力と、絶対の権力を持つ最強の熾天使。


 一応、『主の剣』というポジションではあるが、

 しかし、実質的に『最高権力』を持つのは彼。


 彼こそが、主人公にして世界の王。


 彼は全てを手に入れていた。

 しかし、『めでたし、めでたし』で終わるほど、

 この世界は甘くなかった。



「く……くそったれ……」



 絶対的王であるはずの天童だが、

 しかし、今、彼は、ボロボロの姿で、地に伏していた。



 王になった彼が、最後の最後にたどり着いたのは、

 『大いなる混沌』とのラストバトルだった。



 ――天童は抗った。

 己の全てを賭して、

 大いなる混沌――『ソル』と戦った。


 天童は強くなった。

 ガキの頃とは比べ物にならないくらい、

 候補生をやっていたころとは次元違いに、


 強くなって、強くなって、強くなって、

 そして、強くなった。


 しかし、



「やはり、無理だったか……天童久寿男。お前ならばあるいはとも思ったんだが……」



 大いなる混沌――『ソル』の言葉を受けて、

 天童は、


「ふざけやがって……」


 ボロボロの姿で、

 しかし、

 決して折れていない目でソルをにらみ、



「必死こいて……全部積んだのに……『てめぇに殺された作楽たち』の執念も覚悟も……全部、全部、全部……なのに、どうして届かねぇ……」



「さぁなぁ……それは私も知りたいところだ。お前だけじゃない……どうして、『誰』も『最後の壁』をこえることができない? どれだけ尽くしても、何を与えても……結局、『お前ら』は届かない。退屈だよ……本当に……ずっと、ずっと……退屈で仕方がない」


 はるか遠くを見て、そうつぶやくソルに、

 天童は、

 すぅうと息を吸い、




「……俺じゃお前には勝てねぇ……」




 吐き捨てた。

 事実を述べる。

 天童では届かない。

 天童久寿男では、ソルには勝てない。


 だからソルはうなずいて、


「ああ、そうだな」


 至極つまらなそうに、


「貴様では私には勝てない」


 事実を並列させる。

 意味のない時間。

 遠くを見るソルの心はからっぽで、

 今に対して、驚くほど無関心。


 ――だったのだが、




「それでも……」




 おもむろに天童が口を開いたのを受けて、

 視線を虚空から天童にもどし、


「ん? どうした? 何を言う? 『それでも』……なんだ?」




「それでも……俺は……」




 奥歯をかみしめて、

 前を向く。


 長い戦いの中で、

 天童はとっくに、

 あきらめ方を見失っている。




「どう転んでも、これが最後……負ければ終わり。勝てたら、もはやこの命に未練無し。だから、威勢よく叫ぼう。――さあ、てめぇは、全力で、耳をかっぽじれ」




 ギンッッ!

 と鋭い目でソルをにらみつけ、


「俺は……熾天使の首席にして天使軍総大将、究極超天使『天童 久寿男(てんどう くすお)』――貴様を殺し『全ての運命』を守る者! すなわち! この世界の『主人公』だぁあああ!!」


 叫びと同時に飛び出して、

 すべての力を結集させる。

 限界を超えて、

 果て無く、


 どこまでも膨らみ続ける、強大な力!!


 ――それを、



「貴様は間違いなく世界の主人公だ。しかし……足りない」



 ソルは、涼やかな顔で受け止める。

 子供の駄々でもあやすみたいに、

 優しく、平熱のまま、


「お前は強くなった。『カス以下だったガキの頃』とは比べ物にならないくらい強くなった。正直、お前のような心根の持ち主がここまでくるとは思っていなかった。とんでもない奇跡……いや、もしかしたら、その弱さが必要だったのかもしれない」


 おだやかに、落ち着いた口調で、


「お前は、『弱さ』を知っていたからこそ『その領域』にまでたどり着けたのかもしれない」


 『最初』から強かったら、ここまで抗うことはできなかったかもしれない。

 ――なんて、そんなことを思いながら、

 ソルは、


「お前は強い……強くなった……『弱さ』を背負い『命の最強』に届いた……だが、『私』には届かない。この事実には、私も、ため息しか出ない」

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