51話 田中トウシは頭が悪い。


 51話 田中トウシは頭が悪い。


「本当に、お前を凄惨に殺すけど、文句は言うなよ」


「……うん……」


 そう返事をしてから、

 異常な覚悟の視線を、トウシに向ける。

 そのあまりに気持ち悪い瞳を前にして、

 トウシは、


「……」


 無言の数秒をドブに捨てる。

 読み取れない表情で、

 ここではないどこかを見つめている。


 何を考えているのか、誰にも分からない表情。


 その様子を見たロイガーが、


「話は終わったのだろう? なら、さっさと殺せ」


「……」


「おい、聞いているのか。田中トウシ」


「……」


 シカトを続けるトウシに、

 ロイガーは、それなりにイラついた声で、


「次、私の言葉に反応を示さなかった場合、地獄を覚悟してもらう」


 底冷えする声でそう宣言したロイガーに、

 トウシは、


「ワシは頭がええはずなんやけどなぁ」


 ボソっと、

 ロイガーに視線を向けつつ、


「理解力、思考力、読解力、洞察力、推察力、応用力、適応力、情報処理速度に空間把握能力……つまりは、問題解決能力。課題の本質を見極めて、合理的な正答を導き出せる能力に関して、世界最高クラスの自負があった。けど、それは、完全に自惚れというか、ただの勘違いやった」


「……何が言いたいのか、さっぱり分からないのだが?」


「ここにおる男は、ただのアホやった。それだけの話や」


 そうつぶやくと、

 トウシは、全身の魔力とオーラを充実させていく。


 その様に対して、

 ロイガーは、


「なるほど。確かに、驚くほど頭が悪い」


 呆れたように、そうつぶやきつつ、

 首を横に振って、


「意味が分からないな。本当に理解ができない。後先考えない無謀は、頭の使い方を知らないバカだけの特権。貴様ほどのイカれた頭脳を持つ賢者が、なぜ、呆れるほどの愚かさを晒す?」


「思いついたからだよ。とっておきの策を」


「……ほう。ちなみに、どんな策だ?」


「せっかくのとっておきを、わざわざ教えてやるわけがないやろう」


「……ふむ。まあ、いいだろう。では、見せてもらおうか。この状況を打破できる、とっておきの策とやらを」


(そんなもん、あるか、ぼけぇ)


 心の中で、そう吐き捨ててから、

 トウシは、けれど、まっすぐにロイガーを睨みつけ、


(今は、正直、何も見つかってない……けど、ワシは、まだ、ワシの全部を理解してない。ワシの奥に、何か、この状況をどうにかできる何かが眠っとる可能性は、ゼロやない……)


 思考放棄のギャンブル。

 それは、トウシが最も忌避している行為。


 現在のトウシの思考形態を、わかりやすいセリフに訳すと、次のとおりになる。


 『俺は、いつか、何かしらでビッグになる男だ』


 こんな、アホ全開なセリフを吐くぐらいなら死んだ方がましだ、

 とすら思うのだが、しかし、今のトウシは、その思想にすがりつく。


 すがりつくというより、しがみつくと言った方が正解かもしれない。


 とにもかくにも、トウシは、


(ワシ自身の情報にアクセス。もし、何か、宝物が見つかったら、鍵を作成して開錠。そのまま、ロイガーを撃退してハッピーエンド)


 非常にわかりやすい三段方式を求めて、

 今のところ勝算がゼロに近いギャンブルに身を投じる。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る