84話 あの子。


 84話 あの子。


「……天使軍は……まだ動かす必要はない……というか、この敵には無意味。まだ、『指揮官』が『不在』の現状で、天使軍を使ったとしても、一掃されるだけ……とにかく、本体の出動を! 急げ!」


 強く焦りを叫んだところで、

 彼女の背後に、

 時空の裂け目が広がって、


 その奥から、






「……まさか、私の化身(アバターラ)ですら全く歯が立たない敵が現れるとは、思っていなかったわね……」





 目もくらむような美人が現れた。

 とてつもない美人――だが、どこか、天童に似ている気もした。

 『女体化した天童を、とことん美形化した姿』、

 と評せば、彼女の容姿は適切に表現できたと断言できる。


 彼女の姿を視認したセンは、心の中で、


(……アバターラ……ねぇ……)


 倒れている『顔にモヤがかかっている主』と、

 新しく登場した『美人の主』を交互に見比べて、


(なるほど……確かに、顔が見える本体の方が、遥かに深みがあるな……フェイクオーラの質が高すぎて、まったく底は見えないが……アバターラの方より、一回り以上大きいってことだけはビシビシ伝わってくる……)


 センの緊張感が増した。

 気づけば額に汗が浮かんでいる。


 ――そんな、警戒心むき出しのセンに、

 『主の本体』は、



「本当に、あなたは何者?」



 穏やかな声で、そう尋ねてきた。

 センは、数秒だけ、言葉を選んでから、


「……異世界人だよ。多分な」


「そう。だとすると、排除するしかないわね。それが私の仕事。『あの子』に全てを譲渡するまでの期間、全てを完璧に守り抜くこと。それだけが私の使命」


(……あの子?)


 一瞬だけ、疑問に思ったものの、

 しかし、



「――『白麟(はくりん)・天華羽衣(てんかはごろも)ランク2000』――」



 彼女が、ゴリゴリの戦闘態勢をとったため、

 センは、無駄な思考を捨てて、

 彼女との死闘に没頭した。


 彼女が使った魔法は、一言でいうとバリア系の覚醒技。

 防御力と会心ガード率が跳ね上がる耐久型の強化魔法。

 受けたダメージの一部を跳ね返す反射率も上昇する優れモノ。


 『受け』の方向性でバフを積む。

 それが彼女のスタイル。


「私の全部で、あなたを殺す。あの子の覇道を邪魔する者は、何人たりとも許さない」


 そう言いながら、

 彼女は、静かな武を構えた。

 『守り』の体勢。


 ただ守っているだけではない。

 『カウンターを狙っている』というのがバカでも分かる。

 もはや、むしろ、逆に、脳筋と言ってもいいゴリゴリの待ちスタイル。



「……『待ちガイル』タイプか……好きじゃねぇなぁ……」



 ふぅ、と息を吐いて、

 集中力を増加させる。


 あえて、相手のスタイルに合わせていくセン。

 ジックリと丁寧に距離をつめていく。


(エサのジャブで釣る。食いつかせたカウンターをかいくぐって、本命をたたきこむ……ド正面からこじあけてやるよ)


 無駄なプライドに火をつけて、

 センは、堂々と正面から殴りこむ。


 センの攻撃に対し、

 『主』の受け流しは完璧だった。

 流水のように。

 柳のように。

 あざやかに、

 かろやかに、


 センの拳を受け流す『主』……

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