70話 天童久寿男。
70話 天童久寿男。
(通学にかかる時間、およそ20分……長ぇよ。仙草学園の『寮』だと銘打っているマンションのくせに、なんで、あんなに遠いところに建ってんだ。頭、悪いのか。……つぅか、なんで、俺は、そのクソ遠い所に住んでんだよ……ウゼェ……非合理的すぎる……意味がわからん……)
記憶を探ってみると、
どうやら、実家を出るため、『寮』の入居者募集に志願したところ、
抽選で当たってしまったらしい。
場所を確かめず、『まあ、寮なら、近いところにあるはずだろう』という、勝手な憶測のもと、『もう締め切り間際か……じゃあ、まあ、とりあえず、応募しておこうかな。どうやら、倍率が高くて、なかなか当たらないらしいが』などと思いつつ、ノリで応募したところ、普通に当たってしまったのだ。
入寮が決まってから、ようやく住所を知ったセンは、
『いや、遠い、遠い、遠い』と思いながらも、
『よっぽどの理由がない限り、辞退は不可能』
という通達を受けてしまったため、しかたなく今に至る。
――という記憶が、今のセンの頭の中には補完されている。
(……つぅか、あれ、本当に『寮』か? ただの億ションに見えるんだが……)
学校からは遠いが、そのスペックは相当な高みにあった。
あらゆる場所が金で磨かれていて、
一流のコンシェルジュまで完備。
(あの田端さんってコンシェルジュ……なんか、どっかで、会ったことがある気がするんだが……どこだっけなぁ……)
誰かに似ている、と思いながら、
誰に似ているのか思い出せない、記憶力指数がゴミのセン。
センは、バカではないが賢くない。
本気で取り組めば、英単語1万ほどを完全暗記することもできるが、
それは、えげつないほどの時間と労力をかけた場合『のみ』の話。
彼の暗記力はきわめて普通。
だから、彼の視点では『何十年』も昔に一度だけであった『誰か』のことなど、思い出せるはずがないのだ。
(誰だったっけなぁ……)
などと、別に思い出せなくてもどうということもない記憶探りに没頭していると、
そこで、ガタイのいい男が席を立って、自分の隣に近づいてきた。
けっして、センに近寄ってきたわけではなく、
ただ、ドアの前に立っただけ。
そのガタイのいい男を横目でチラ見したセンは、
(あ、天童、いたのか……)
先ほどの位置だと、ちょうど死角になって見えていなかった同級生。
天童久寿男。
一応、クラスメイトではあるが、
話したことは特にないので、
この状況下でも、特に会話はしない。
同じ寮に住んでいて、同じ学校の同じ教室に通っていて、同じ通学路だというのに、
両者の間に会話は特にない、という事実が、両者のコミュ障ぶりを明確に表している。
(いやぁ、しかし、こいつ、ほんと、ガタイいいな……こいつと比べたら、俺のモヤシ感が際立つな……腹立たしい。どっかいってほしいねぇ。死んでほしいとまでは思わないけど、俺の横には立たないでもらいたい)
ドアの窓に反射する自分と天童を比べて、
普通にヘコんでしまうセン。
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