36話 この世で最も最低の職業。


 36話 この世で最も最低の職業。


「あんなもんは、ただの掛け声だ。中身もクソもない、ただの意気込み。……いや、嘘だな。そんな爽やかなもんじゃねぇ。あの言葉は、結局のところ、からっぽの嘘でしかない。虚勢というやつだ。並べ立てた嘘八百。それ以上でもそれ以下でもない」


「では、一つ聞こうか。なぜ、そんな嘘をつく? それも頻繁に」


「……」


「その大ウソは、貴様を苦しめるだけの縛りに思えてならない。なのに、なぜ、貴様は、ヒーローを騙る? なぜ、嘘をつく?」


 クルルーの問いは疑念ではない。

 真正面からの確認作業。


 クルルーは知りたい。

 センエースが、ヒーローを騙る理由。


「……」


 ――センは数秒だけ考えてから、


「嘘で終わらせないためだろ。多分な」


 そう言い切ると、

 クルルーの死角を求めて加速する。


 瞬間移動を駆使して、

 クルルーとの距離を強引に殺していく。


 そのムーブは、

 クルルーのセンサーにシッカリと捉えられ、


「だから、遅いんだよ。今の私からすれば」


「うべぇっ!!」


 当たり前のようにカウンターをくらうセン。


 鼻血が噴出。

 激痛で眩暈がした。


 けど、それでも、センは、


「一般人なら、ここで気絶するだろうが、ヒーローなら、そうはいかねぇ!」


 腹の底から声を出す。

 速度を上げて、クルルーの死角に潜り込もうと必死。


 けれど、


「うぺへぇぇっ!!」


 軽やかに反撃をくらっていく。

 苦痛の連鎖。

 奥歯ガタガタ。


「……ぐっ……け、賢者なら、とっくに諦めてサレンダーするだろうが、ヒーローなら、そうはいかねぇ……」


 フラつきながら、

 センは前を向く。


 鬼の形相でクルルーをにらみつける。


「誰よりもバカであること。誰よりも狂っていること。それがヒーローの最低条件。求められる最低ボーダーは、敗戦処理で逆転できること。募集要項が終わっているサイコブラック職業。それがヒーローという地獄」


 ズタボロになっても前を向く。


「誰が、こんなもん、やりたがるんだよ。正気の沙汰じゃねぇ」


 そう言いながら、

 センは、


「一度でも四季報を読んだことがあるやつなら、こんな仕事、絶対に、やらねぇよ。普通の感性を持った人間は、公務員を目指すんだ。公務員は安定しているぞぉ。結局、公務員が最強。ヒーローとは真逆。ヒーローなんて最低の職業だ。つぅか、公務員と比べるのがおこがましい。ヒーローと比べれば、まだ、営業やったり、マグロ漁船に乗ったり、原発で働いた方がはるかにましだ」


 センは、度胸と根性がハンパじゃないので、営業職も、やろうと思えばできなくもないが、しかし、やりたいとは思わない。

 想像力は、普通に豊かなので、営業職がどれだけ大変かはわかっている。


「介護職とか、アニメーターとか、美容師とか、土工とか、そっち系も、相当な地獄なのが分かっているからやりたくねぇ。やっぱり、公務員が理想。しかし、警察にはなりたくねぇなぁ」


 やりやくないことはたくさんある。

 地獄や絶望は大嫌いだ。


「この世には、無数の、『きつい仕事』があるが、しかし、その中でも最底辺に位置するのがヒーローって職業だと思う。思うっていうか、事実だろ。こんなに割の合わない仕事は他にねぇ」

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