50話 殺していいですか?


 50話 殺していいですか?


「そうだ。面白い事を考えた。薬宮トコ。貴様に一つ、選ばせてやる。『貴様の願いを聞き入れて、必死になって私に抗った男』を、貴様の手で殺せ。そうすれば、貴様だけは、苦しまずに殺してやる。心配しなくとも、田中トウシの動きは、私が止めてやる」


 そんな、ロイガーの悪魔のささやきに対し、

 トコは、


「……あたしには、何をしてくれてもええから、田中を苦しめるんだけはやめてくれ」


 どこまでも、まっすぐな目で、

 そう言った。


 その瞳が、ロイガー的には、非常に気に入らなかったようで、


「クソ面白くもない女だ……貴様の言動は、いちいち、私を不快にさせる」


 そう言うと、

 ロイガーは、

 トウシを睨みつけて、


「田中トウシ。この女を殺せ。私を満足させるぐらい、凄惨に殺すことができたら、貴様の罪は不問にしてやる。敬意をもって、決して苦しむことなく、瞬殺してやる」


 その命令を受けたトウシは、

 トコに視線を向けて、


「……薬宮……お前、ものすごい嫌われ方しとるな……たぶん、神様に、ここまで嫌われるというのは、相当に珍しいと思うで、知らんけど」


 と、意味のない言葉を口にしてから、


「で? こういう提案を受けたわけやけど……殺してええ?」


「……どんな質問してんねん……」


 しんどそうに、そう言ってから、


「あんたは、あたしの、『頑張ってくれ』という要求にこたえてくれた。だから……」


 スっと目を閉じた。

 覚悟を決めた気配を感じた。

 殉教者の心構え。


 それを見たトウシは、


「ロイガーの気持ちがちょっと分かるなぁ。確かに、こいつは、かなりキショい……」


「感想はいらない。さっさと殺せ」


「んー……そうやなぁ……」


「田中トウシ。なにをグズグズしている?」


「あのさ、ロイガー。このアホ女と、ちょっとだけ、話をしてもええ? ほんまに、ちょっとだけでええからさぁ」


「何を話すと言う?」


「なぜに、そんなにキショいんか、ちょっと知りたいと思って」


「……まあ、いいだろう。しかし、手短にな」


「ありがとさん」


 トウシは、礼を言ってから、

 トコに、


「お前、異常やぞ、もろもろ。普通にキモい」


 そこで、トコは、ゆっくりと目を開けて、


「これだけの美少女を相手に、何をぬかしてんねん。『キモい』という概念は、あたしから、一番遠い言葉やろ」


「なんなん、お前の、その自己犠牲。なんで、自分をそんなに――」


 と、そんなトウシの言葉に、


「なんで、どいつもこいつも、同じ勘違いすんねやろうなぁ。……自己犠牲なんかやないわい。あたしは、イヤなもんをイヤやと言い続けるだけや。あんたを殺すんはイヤ。あんたを殺すぐらいやったら、殺される方が、精神的にマシ。そんだけの話。そんなただの感情論を、自己犠牲なんて言葉ですり替えられるんはたまったもんやない」


「……本当に、気持ちが悪い女やな……」


 本音を口にしてから、


「ワシは苦しみたくない。どうせ死ぬなら、できるだけサクっと死にたい。というわけで、今から、本当に、お前を凄惨に殺すけど、文句は言うなよ」


「……うん……」


 そう返事をしてから、

 異常な覚悟の視線を、トウシに向ける。

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