48話 センにとっての、絶望の最果て。


 48話 センにとっての、絶望の最果て。


「美しい……ああ、美しい。だが、まだ、限界ではない……貴様はもっと輝ける……私には分かる……貴様の容量はもっと大きい」


 マイノグーラは、そうつぶやくと、

 右手で、世界にジオメトリを刻み、


「見せてくれ、人の王よ。絶望の最果てを。限界を超えた先にある、純粋なる狂気を。それほどの無為は、めったに見られるものではない。貴様だけに可能な極地」


 そう言いながら、

 ジオメトリに魔力を注いでいく。


 ジオメトリに刻み込まれた膨大な魔力が、

 センの意識とリンクしていく。


 痛みは感じない。

 そんなものでは装飾できない重荷が、

 センの中で膨らんでいく。


「うっ……くぁぁ……」


 まるで、脳の中を、こじ開けられるような、

 そんな感覚で満たされる。


 センの中で、『記憶』の一部が暴走する。



「これは……誰だ……」



 頭の中で、

 『誰か』が自分を睨んでいる。

 ソレは、『自分の中の自分』ではなく、

 記憶の中に潜む『他者』だった。


 名前も分からない男。

 同年代に見える、異常なほど利発そうな男子。


 ――『そいつ』は、センの記憶の底で、

 今のセンを見つめながら、




『かわったろか?』




 と、妙なイントネーションの関西弁で、

 そんな言葉を投げかけてきた。


 トコの関西弁と似ている。

 黒木の利発さに似ている。

 紅院の気高さに似ている。

 茶柱の天才性に似ている。


 ――なぜか、ふと、そんなことを想いながら、

 センが答えずにいると、

 その誰かは、


『そんなにしんどいんやったら、ワシが引き継いだろか? 多分やけど、ワシの方が、もっとうまく立ち回れる気がすんで。ワシは、たぶん、お前よりも、だいぶ高性能やから』


 などと、

 あまりにもフザけたことを口にした。


 センの自意識に、ピキっとヒビが入った。

 顔面には、怒りマークの血管が浮き出ている。


 センの中で、

 言葉に出来ない感情が膨れ上がっていく。

 整理できない感情。

 何がどうとはいえない想いの集合体。


 そんな、複雑怪奇極まりない感情を背負った様子のセンを見て、

 マイノグーラは、


「素晴らしい。今、貴様の中では、コトコトと煮詰められた、きわめて濃度の高い絶望がうごめいている」


 そんな、

 トンチンカンなことを言っているマイノグーラに対し、

 センは、冷めた目で、まっすぐ射貫くように、


「絶望? 違う。そんな高尚な感情じゃねぇ……ただ、イラついているだけだ……気に入らないヤツに、腹たつことを言われて、ムカついただけ……そんな、どこにでも転がっている、極めて人間的な、普通の感情……」


 そう言いながら、センは、ゆっくりと立ち上がる。

 ヒザは今でも震えているが、

 しかし、おかまいなしに、

 気力だけで自分の全てを支えてみせる。


 センは、目の前にいるマイノグーラをシカトして、

 自分の記憶と真正面から対峙する。


 記憶の中の『誰か』に対し、センは、


「……『てめぇ』の方が高性能なのは知っている……『てめぇ』が誰か知らねぇが、てめぇが、世界で一番、俺をイラ立たせる存在だという事も知っている……」

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