89話 別に『祭り』が嫌いなわけじゃないんだからねっ。

 89話 別に『祭り』が嫌いなわけじゃないんだからねっ。


「なんでもいい。礼をさせてもらいたい」


「……じゃあ、一つだけ、お願いがある」


「聞かせてくれ。よっぽどの『無茶な願い』であったとしても、できる限り、叶えさせてもらう。娘との婚姻であったとしても認めよう。正直、『娘の結婚』を私が『心から認める日』は永遠に訪れないものと思っていたが……君が相手ならば、素直に認められる。いや、さすがにそれは嘘だな。100%素直に認めることは出来ない。だが――」


「落ち着け、オッサン。誰も、そんな話はしてねぇ。あんたの娘が『飛び切り魅力的』である、という点に関しては、俺も、まあ、認めるにやぶさかではないから、将来的に、俺が『ソレを望む可能性』が『絶対にゼロ』だとは言わないが……しかし、今の俺が、あんたに望むものは、そういうことじゃねぇ」


「……ふむ。となると、君の願いとは?」


「俺に『何か』を求めるな。さっきも言ったが、俺は常に孤高。社会の外側で、世の喧噪を眺めながら、静かに、豊かに、自由に、自分と向き合っていたい。『喧噪(けんそう)の中心』に引きずり込まれるのはごめんだ。というわけで、今後、俺の事は無視してくれ」


 『祭り』が開催された際、家の窓からその風景をチラリと眺めたいとは思う。

 楽しそうな雰囲気や、全体としての幸福感を感じていたいとは思う。

 しかし、『祭り』の中心で『神輿に担がれたい』とは、毛ほども思わない。


 ――そんなセンの心情が、

 紅院正義には、20%ぐらい、理解できた。

 どうあがいても『センを完全理解する』のは不可能だが、

 紅院正義も、だいぶ『喧(やかま)しい人生』を送ってきたので、

 『豊かな静けさ』を求めるセンの気持ちが、

 五分の一ぐらいは、どうにか理解することができたのである。


 だから、


「――君の価値を考えると、なかなか難しい願いだが、当然、むげにすることはできない。全力で前向きに善処すると約束しよう」


 まっすぐな目で、そう応えた。



 ★



 ――翌日も『まともな朝』が訪れた。

 幻爆は舞わず、

 世界は終わっていない。



(これは、もしかして、乗り越えた……のか?)



 まだ確定ではないが、

 しかし、こう、続けて『平穏な朝』を迎えると、

 『地獄は終わったのだ』と、心の奥底が、

 無邪気な喜びに呆けてしまう。


 理性と感情は、いつだって乖離(かいり)している。

 『人の愚かさ』とは、その『隙間』に付け込んでくるもの。


 ――しかし、その隙間こそが、

 ある種の『人らしさ』そのものでもあるため、


 『捨ててしまうのは、どうかなぁ』

 などとも、どこかで思ってしまうものなのである。



(何も起こらないでくれ……もう、地獄はたくさんだ……このまま何も起こらないでくれ……)



 『その願い』が届くかどうかは微妙なところだが、

 とにもかくにも、『今日という一日』は静かに始まった。


 穏やかな朝日が降り注ぐ。

 雲一つない快晴。


 ――ちなみに今日は、

 主体性遠足の日。


 K5の面々とオメガタワーへと遠足に向かう、特別な日。


「……何も起こりませんように……」


 いったい何度祈ったかわからない願いを、

 改めて、シッカリと、世界に刻みつつ、


 センは、遠足へと向かった。

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