30話 全身全霊で放つ渾身のボケ。


 30話 全身全霊で放つ渾身のボケ。


「あなたに……」


 とつとつと、ゆっくり、口を開く紅院。


「幾度となく救われたことを……私は、憶えている」


「……は?」


「いえ、嘘……記憶しているわけではない……けど、知っている……朧(おぼろ)げにだけれど、確かに……私は、あなたに救われた……魂ごと潰されそうなほどの地獄の底で泣きじゃくっていた時、あなたが……あなただけが、手を差し伸べてくれたことを……私の『中心』は、間違いなく知っている」


「……」


「リセットされても、全部はなくさない。なくしてやらない。絶対に」


 強い目で、センを睨む紅院。

 その目からは、燃えるような力強さを感じた。

 彼女の覚悟が伝わってくる。


「完璧に憶えておくことはできないと思う。けど、絶対に全部はなくさない。だから……」


 そこで、紅院は、ソっと、センの手に触れて、


「……お願い……」


 何をお願いされたのか、

 具体的には、言葉にしてくれなかったので、

 センは、理解していないのだが、

 しかし、なんとなくは伝わった。


 紅院が何を言わんとしていたのか。

 何を伝えたくて仕方がないのか。


(……無様な話だ……俺が、あまりにみっともないから、同情されている……『タイプの女』に、憐(あわ)れまれる……これほど情けないことはない……)


 その認識は、決してズレていない。

 確かに、同情もされている。

 しかし、それだけではない。

 そして、センも、実のところ、そのことを理解している。


 だから、


「俺は――」


 と、何かを言おうとしたところで、

 バーンッと、豪快に扉が開く音がして、

 扉の向こうから、

 茶柱を筆頭に、黒木、トコの三名が、ズカズカと、

 紅院に近づいて、


「報告は任せたけど、抜け駆けの許可はしていないにゃ」


 と、普通にキレ顔で、そうつめよった。


 茶柱の睨みに対し、紅院は、


「あんたじゃないんだから、抜け駆けなんてしないわ」


 シレっと、そっぽを向きながら、そう言った。


「ふふん……ツミカさんをガチンコで怒らせるとは、いい度胸だにゃ」


「あんたを本気で怒らせるのは面倒だから、出来れば避けたいけれど、ことこの件に関してだけは一歩も引く気はないから」


 ハッキリと宣戦布告してくる紅院に、

 茶柱は、威嚇の目を強める。


 気が強すぎる美女二人のにらみ合い。

 その間に立っているセンは気が気じゃない。


「あの……えっと……」


 一瞬、悩んだものの、しかし、覚悟を決めて、




「やめて! 俺のために争わないで!」




 と、渾身のボケをぶっこんでいく。

 この手のギャグをかますのは、恥ずかしすぎるので、本当はイヤなのだが、『実は空気が読めてしまう子』であるセンは、現状の空気に耐えきれず、危険なネタに走ってしまった。

 その結果、どうなったかというと、


「……」

「……」


 一切、状況に変化はなかった。

 両者はにらみ合いを続けたまま。

 センのセリフは、完全になかったことにされた。


 それが、何よりも辛い、ということが理解できたトコが、

 持ち前の優しさから、センに近づき、肩にポンと手をあてて、


「あたしは、まあまあオモロかったで?」


「やめて! 気を使わないで! それが一番キツいから!」


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