64話 際立って愚かなヒーロー。

 64話 際立って愚かなヒーロー。



「……は、発狂してやがる……この女……」



 彼女の全てを理解したワケではないが、

 ここまでの態度と言動から、

 センは、

 『薬宮トコ』が『どういう存在』であるかを理解した。


(この世の中には、何があっても、絶対に『核爆弾のスイッチを与えてはいけない人間』がいるが、こいつはその中の筆頭だ。紅院の言う通り……こいつにだけは『選択肢』を与えてはいけない。こいつは狂っている)


 薬宮トコは『道理が理解できないバカ』ではない。

 むしろ、もっとタチの悪い真正のバカ。


(こいつは、なんだかんだと言い訳をしながら……結局のところ……)


 巨視を解する判断能力を持ちながら、

 しかし、それでも、


(……『俺を助けようとしているだけ』だ……『自分の命』をかけて……何が何でも、俺を助けようと必死になっている……)


 『目の前の痛み』に寄り添う事しか出来ない、

 ケタ違いに歪な『壊れ方』をしているバカ女。


 『自分が死のう』が『世界が滅びる可能性を提示されていよう』が、

 それでも、『目の前の痛みに寄り添うこと』を『優先する』という、

 常識的視点では、まったくもって、理解しえない大馬鹿女。


 たまに漫画やアニメで降臨する、

 いわゆる『セカイ系』の変態。


(こいつの、この『イカれた献身』は……『俺に対してだけ見せる特別な愛情』とかではない……これは……こいつの本質……『狂気的』としか言いようがない、生粋の『優しさ』……)


 ここまでくると、もはや、

 『優しさ』と呼んでいいものかどうか微妙だが、

 しかし、突き詰めて言えば、結局のところ、

 トコのソレは『優しさ』にカテゴライズされる。


 命に対する慈愛。

 異常極まる情の深さ。


 『本当に困っている人』がいたら、迷わず手を差し伸べる。


 『本気で苦しんでいる人』がいたら、命を捨ててでも救い出す。


 『マジで殺されかけている人』を目の前にしたら、

 理性の制止をガン無視して、

 『その人の盾になろう』と問答無用で走り出す。


 そんな、『人』の域をはるかに超えた、

 愚かな『ヒーロー』の視点。


「お前、そんな『異常性格』で、よくも、まあ、今まで生きてこられたな……」


 沸き上がった純粋な疑問。

 そこで、センは、

 チラっと、紅院を見て、


「……お前が守ってきたのか……あのヤベぇ女を……ずっと……」


「家族だから……当たり前でしょ」


 ミレーは、はじめて、トコの異常さを理解した時、

 普通に、


『なに、この子、気色が悪い』


 ――と思った。

 それが本音。

 偽りない心の叫び。


 しかし、同時に、


 『この上なく美しい』


 ――とも思ってしまった。



 『おぞましさ』と『美しさ』は表裏一体。


 薬宮トコのいびつな美しさに、

 紅院ミレーは、惹かれてしまった。


 『薬宮トコを守るのが、自分の使命だ』

 なんて、そんなことまで思ってしまった。




「……きっしょいな、お前ら……」




 センは、まっすぐな本音を吐露してから、


「やべぇヤツらだってことは最初からわかっていたが……まさか、ここまでだとは思わなかった……エグすぎる……お前ら、キショすぎる……」


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