78話 犬も食わない。


 78話 犬も食わない。


「倍プッシュだ。もっと重たく俺を呪え」


 そうつぶやくと、

 さすがに我慢できなくなったようで、

 センエースの中に刻まれている彼女たちの器が応える。


(――さすがに、それ以上はダメ。そこから先は私たちが背負う――)


 そんな、彼女たちの言葉を、

 センは鼻で笑って、


「はっ……俺が、お前らに、重荷を背負わせるとでも? ヘソで沸いた茶が秒で蒸発するねっ、あははん♪」


 不定形のファントムトークであざ笑っていくセン。

 そんなセンのウザに対して、彼女たちは、まっすぐに、


(あなたの頑固さは知っている。けど、これだけは看過できない。ぶん殴ってでも必ず止める)


「俺を止める? 不可能だね。神の王を止める方法は存在しない」


(ある。私が自分の命をたてにすれば、あなたは折れる。言うことを聞かないなら死ぬ)


「ケンカの時に離婚届をたてにしてくる毒嫁さんみたいなマネをするじゃないか。普通の男ならビビるんだろうが、しかし、俺には無意味だ。『救いのヒーローを具現化した変態』といっても過言ではない俺の前で、簡単に自殺ができるなどと夢を見ない方がいい」


(あなたは、私を守るためなら何でもできると思っているんでしょ? でも、それはこっちも同じ。あなたを守るためなら、私は何でもする。あなたがどれだけ超越的なヒーローであろうが関係なく、必ず、私は私を殺す。私の覚悟をナメるな)


「笑止千万。お前と俺の想いを同列にするなど愚の骨頂。お前は、俺の事をATM程度にしか見ていないだろうが、しかし、俺は違う。お前こそ、俺の覚悟をナメすぎている」


(あんたの、その無駄に卑屈なところ、本当にイラつくから、改善してくれる?)


 ごうごうと、犬も食わないケンカをしている二人を横目に、

 オメガは、黙って、決着を待っていた。

 その表情にあるのは憐憫でもあるし郷愁でもある。

 言葉にできない想いが、オメガの足を止めさせた。

 別に、ケンカのスキをついて攻撃してもいいのだが、

 それをするのは、プライドと情緒的に許せなかった。

 『色々と厄介な感情だな』なんて、そんなことを考えつつ、

 オメガは、変わらず、センを見届けている。


 ――そんなオメガの視線の先で、

 センと彼女は、まだ『無意味な言い争い』を続けていた。


「わからない女だな! 俺は自分が苦しむことに関してはプロフェッショナルで、すでに、もはや、何も感じないレベルなんだよ!」


(うそつけ! いつも、心で泣いているくせに!)


「と、とんでもない侮蔑っ! 正式に撤回を要求するっっ! 訴訟も辞さない!」


(あんたが苦しんでいるのを見るのが辛いという、こっちの気持ちも少しは考えろ!)


「お前の感情なんざ知ったことか! 俺は俺さえよければ、それで、オールオッケーという完成された人間なんじゃい!」


 言葉の上っ面だけを聞いていると、

 どう見ても、とんでもないクズ亭主である。

 本当にありがとうございました。


(自己中! 変態! 童貞!)


「童貞ちゃうわ――いや、童貞だけれども」


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