2話 ぜんぶ地獄。


 2話 ぜんぶ地獄。


「…………苦しい…………」


 その弱音を聞いたことで、

 センは、ハッキリと理解する。


(ああ……カズナは……もうダメだな……)


 『センエースという光』にしがみついているから、

 ギリギリのところで、人間性を保てているものの、

 しかし、もはや、カズナは壊れてしまっていた。


 まだ完全には壊れ切ってはいないだけで、

 『勇気の器』はすでに壊れてしまっている。


(……ここまで、よく、ついてきてくれた……)


 センは、心の中で、そうつぶやきながら、


「もういい。お前は十分、頑張った。だから、もう、頑張らなくていい。あとは、俺がやる。ゆっくり休んでいろ」


 そう声をかけた。


 そんなセンの言葉を受けて、

 カズナは、


「……っ」


 捨てられたペットのような顔をして、

 抑えきれない涙をこぼしながら、


「……ま、まだ……頑張れます……ついていきます……最後まで……絶対……」


 奥歯をかみしめて、

 両の袖で、涙をぬぐいながら、


「弱音を吐いて……申し訳ありません……二度と……弱音は吐きません……申し訳ありません」


 すがりつくように、

 必死になって、


「ですから……どうか……見捨てないで……」


 『切り捨てないでほしい』と嘆願する。

 グシャグシャの顔で、

 『壊れた器』を必死にかき集めながら、



「……お願い……捨てないで……」



 つい、ドン引きしそうになるほど弱弱しい声。

 そんなカズナに対し、センは、


「捨てるとかじゃねぇよ」


 『メンヘラ彼女に別れを切り出す彼氏』のように、

 慎重に、言葉を選びながら、


「それ以上がんばったら、お前が、完全に壊れてしまう。それがいやだってだけの話。……本当に、見切りをつけたとか、そういうワケじゃないんだ。お前は、もう、十分すぎるほど働いてくれた。そんなお前に、完全精神崩壊なんてされたら、こっちとしても、しんどすぎるから、休んでいろと言っている。そんだけ」




「……頑張れます……まだ……私は……まだ……」




「いや、だから……ああ、もう……ちっ……」


 心底うっとうしそうに舌を打ち、

 ガシガシと頭をかきむしりながら、


(会話になんねぇ……意図が通じねぇ……)


 まさにメンヘラ彼女との別れ話。

 一方通行の平行線。



「陛下、どうか、命令を……お願いします……なんでもしますから……お願いします」



 ついには、その場で土下座をしはじめるカズナ。


 その痛々しい姿を横目に、

 センは、

 悲痛の表情で、

 天を仰ぎ、




「……悪かった……」




 ボソっと、そうつぶやいた。


 その謝罪の意味がわからないカズナは、


「……陛下が謝罪する必要など……どこにも――」



「――恨んでくれていい。悪かった、付き合わせて」



 そこまで聞いたことで、

 カズナは、センの『想い』を理解した。



 ――あの日、

 最初に剣翼が舞った日。

 もし、センがカズナを助けなければ、

 カズナも、他の大勢と同じく、

 ループの記憶をリセットできたかもしれない。


 ――と、センは思っている。

 ということに、カズナは気づいた。


 だから、


「私は……」


 カズナは、大粒の涙をボロボロとこぼしながら、


「陛下の剣になれたことを……心から……誇りに思っております……っ……だから……お願い……あやまらないで……っ」


「……」


 センは、空を見つめたまま、


(……地獄だ……)


 心の中で、そうつぶやいた。

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