20話 めっちゃ、月が綺麗やっちゅうねん。


 20話 めっちゃ、月が綺麗やっちゅうねん。


「セン……ジブン、今、ものすごい顔色になっとるけど、大丈夫か? 気分わるいんやったら横になるか? 膝枕したろか?」


 『決して大声ではないけれど教室全体に伝わる微妙な音量』で話しかけてきたトコに、センは渋い顔を向けて、


「大丈夫ですので、落ち着いてください、薬宮さん」


「めちゃめちゃ落ち着いとるやろ。みてみ、このドッシリ感。良妻としての威厳に満ち満ちとるやろ」


 またもや、『決して大声ではないけれど教室全体に伝わる微妙な音量』で、厄介な言葉を口にするトコ。

 周囲に対するマウンティングと牽制に余念がない彼女に、

 センは、


「……茶柱だけかと思っていたが……ははーん、どうやら、お前も俺のことが嫌いだなぁ?」


「なに言うてんねん。アホぬかせ。めっちゃ、月が綺麗やっちゅうねん」


「……いや、あの……その文学的比喩表現の使い方、バキバキに間違っていると思うのですが……そもそも今、月は見えな……あ、いや、うっすら見えてんな……」


 ここまで踏み込んでおきながら、しかし、

 この期に及んで、『直球の表現』は控え、

 『月が綺麗ですね』と、謎のおくゆかしさ、

 ――というか、『奇天烈な羞恥心』を見せてくるトコ。


 K5の中で、『実はもっとも常識人かもしれない彼女』は、

 ギリギリのところで、まだ、『非常識の獣』に成り切れていない。


 ――とはいえ、ハラは決まっているので、

 無駄に引いたりはしない。


 まだ完全に堕ちきってはいないというだけで、

 彼女の暴走列車は、すでに走り出している。


「比喩に間違いもクソもない。情緒が伝われば、それでオールオッケーなんや」


 などと、まっすぐな目で、そんなことを言う彼女に、

 センは、呆れ交じりに、


「……まあ、うん……その視点は、否定しきれないけれども……」


 などと、つぶやいたセンに、

 今度は茶柱が、


「ツミカさんの前で、他の女とイチャつくとは、センセー、いい度胸しているにゃぁ」


 などと言いながら、

 背中にもたれかかってくる。


「うざい、うざい、うざい」


 心底鬱陶しそうに、茶柱という重荷を押しのけるセン。


「あ、その態度、ムカついたにゃ」


 ギラリと、捕食者の笑みを浮かべて、


「今から30秒以内にツミカさんの好きなところを10個言わないと、離婚にゃ」


「マジでかー、困ったなぁ。大変だなぁ。10個かぁ。厳しいなぁ。茶柱様のキチ〇イなところだったら、10個と言わず、10万でも100万でもいけるんだけど。好きなところとなると、厳しいなぁ……んー、困ったぁ……えーっと、えーっと……ああ、残念……30秒経っちゃったぁ……うわぁ、マジでか……くっそぉ……しゃあねぇ、サインするわ。えっと、ハンコどこだっけ」


「はい、30秒以内に10個言えなかったので、罰として、ツミカさんの足を舐めてもらいまぁす」


「異議あり! 最初に提示された罰と内容が切り替わっている! よって、その罰が執行されることはあってはならない!」


「ふふん、いったい、どこに『罰の内容が切り替わった』という証拠があるというのかにゃ?」


「……いや、証拠というなら、契約を交わした証拠を出せよ」

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