82話 酷い人。


 82話 酷い人。


「だいぶ強制的に付き合わせてしまった感は否めないものの、しかし、お前が俺を助けてくれたのは事実だ。正直、『お前の手を借りなければいけない状況』を、俺は、心底めんどくさいと思っていたが……けど、きっと、どこかで、お前を頼りにしていたんだと思う」


「……」


「一度、我慢できなくなって、八つ当たりしたこともある。それは、たぶん、『頼り』にしていたからだ。ただの道具としてしか思っていなかったのであれば、感情が暴走することはありえない。ループ中、いくら、しんどくなったからと言っても、クツや服にキレたことはなかったからな」


「……」


「俺は、本当に、ダサい男なんだと思う。孤独を気取っているけれど、きっと、『完全なる独り』になるのはイヤなんだ。この辺に関しては、正直、自分でもよくわからない。孤高でありたいのは事実だけど、それが全部じゃない。当たり前の話だけど、全部なわけがないんだ。でも、俺が孤高以外の他に何を望んでいるかはサッパリわからない。自分の感情なんて、たぶん、誰にも、完全理解は出来ない」


 『孤高』を『愛している』のは事実。

 だが、『盲目に愛している』というわけじゃない。

 孤高の全てが心地いいかといえば、それもまた違う。

 当たり前の話。


 『しんどいところ』や『鬱陶しいところ』も普通にあって、

 それらを包み込めるぐらい、

 『センにとって、大事なもの』だから『愛している』のであって、

 『何もかも完璧だから愛している』という、

 そんな目茶苦茶な愛は、この世に存在しない。


 というか、それは、愛ではない。



 ――そこで、センは、

 ソっと、黒木の手に触れて、


「だから……というのも、きっと、おかしな話なのだろうけれど……でも……うん……だから……」


 ぐだぐだと、前を置いてから、


「ありがとう」


 最後には、まっすぐに、センは、そう言った。


 その瞬間、黒木の中で、『何か』が壊れた。

 それまでは、ギリギリのところで保っていた『何か』が、

 バラバラに砕け散ってしまった。


 全身を包み込む熱は、過剰なほど熱くて、

 骨まで溶けてしまいそうで、

 けれど、わずかたりとも不快ではない。


 生まれてきた意味が理解できたような、

 そんな拙い錯覚に襲われた。


 感情論の暴走。

 自分で自分を制御できなくなる。


 黒木は、脊髄反射的に、

 全く思考を介さずに、

 センの手を握り返していた。


 向き合って、手を握り合う。

 この時間が、世界の全部を置き去りにする。


 時の停止を願うほどに、

 黒木の全てが温かく包まれる。


 そんな時間を1分ほど過ごしたのちに、

 センは、おもむろに、


「ま、まあ、えっと、そういうわけだから……アイテム探索の手伝い、これからもよろしく、です」


 黒木の手から離れて、

 ボソボソと、そうつぶやいた。


 センの手を失った黒木は、

 それまで、センの手に触れていた手を、

 ボーっと呆けた顔で眺めて、


「あなたは酷い人ですね……色々と」


「俺がクズなのは認めるが、しかし、マシなところも色々とあるんだぞ。読書が趣味なところとか、ポイント高くない?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る