16話 英雄を騙る覚悟。


 16話 英雄を騙る覚悟。


 グダグダの永い言い訳を終えて、

 ついに、本気の覚悟を口にしたセン。


 その瞬間、

 センの全てが静かになる。


 それまでのようなザワつきが消えて、

 世界が、驚くほどの無音に包まれる。


 『英雄を騙る覚悟』を口にしたセン。

 だが、けれど、別に、何も変化はない。

 何も変わらない。

 見た目も、数値も、変化はない。


 センエースは、センエースのままで、そこにいる。


 そんなセンの様子を矯(た)めつ眇(すが)めつ、眺めてから、

 アダムは、


「主上様の『尊き覚悟』を模倣していながら……なぜ、何も変わっていない? 雰囲気だけは、多少、変わったような気がしないでもないが……しかし、質量的な意味では、なんの変化もないように思える」


 雰囲気だけは、間違いなく変わった。

 『覚悟の証』が確かに見えた。


 けれど、は『そこまで』で、

 その先には行っていないように思えてならない。

 肝心の『結果』がついてきていない。


 ――アダムは、ジックリと、センを観察しつつ、


「この上なく尊き英雄の宣言を果たしながら、いっこうに覚醒する気配を見せないというのは、むしろ、逆に不敬だぞ」


 そんなアダムのイラつきに対し、

 センは、まっすぐな目で、


「そりゃ、別にかわりゃしねぇだろうよ……『尺が決まっている特撮』じゃねぇんだから……決め台詞をカマそうがカマすまいが、俺は、結局、俺のままだ。もうすでに、必要な『軸』は持っている。今、持っている全部で、お前に、今の俺の『最強』を教えてやるよ。今の俺には、それしか出来ない。けど……それだけは出来るということを、全力で示す」


「……」


「震えなくていい。驚かなくてもいい。ただ、まっすぐに、俺を知れ。あますことなく、ちゃんと見せてやるから、とことん見とどけろ。これが……必死こいて積んできた、俺の全部だ」


 そう言いながら、センは、空を翔けた。


 アダムの視点で言えば、ひどくノロい跳躍。

 すべて、その目に見えている。

 余裕で叩き落せる。


「そのトロさで、何ができる?!」


 そう叫びながら、

 撃墜しようと、センに、とびかかるアダム。


 あまりにも早すぎて、

 センの目では追えない。


 だが、そんなことはどうでもよかった。

 見えたからって対処できるわけでもない。

 『今』というこの瞬間に、チャンバラはいらない。

 無意味ではないけれど、無粋ではある。


 旋律と調和。

 ただ、命の華が萌ゆる。


 ――センは、心を込めて、

 ただ、流れに、身を重ねる。


 ほんの少しだけ、世界と一体化する。

 ここは、幾億(いくおく)の夜を超えて、たどり着いた場所。


 いまだ、アダムの動きは見えていない。

 今のセンの目でとらえられるほど、彼女はトロくない。


 けれど、センの無意識は、

 彼女の道を捉えた。

 軌跡をなぞる。

 包み込む。

 命の線が見える。


 天と転が繋がって、一つの閃になる。


 だから、






「――閃拳――」







 狙いすました一手ではなかった。

 一見すると、ただ無暗に拳を突き出しただけ。


 けれど、

 センの拳は、

 まっすぐに、



「ぅっ!!」



 アダムの頬を捉えた。

 はじけて、混ざる。

 ゆらめいて、光が乱れる。



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