15話 ゲロまみれのボロ雑巾。


 15話 ゲロまみれのボロ雑巾。


「ああ、ダメだな。まただ。言いたいことが多すぎて、整理しきれなくなって、ぐちゃぐちゃになって、自分でも、今、自分が何をメインに話そうとしているのか、わからなくなっている。本当に、頭が悪いんだなって、こういう時、実感する」


 センは、右手で、

 ゴワゴワの髪の毛を、

 グシャグシャっとまぜっかえして、


「謙遜とか卑下とか、そんなんじゃなく……普通に、マジで、『頭の回転速度に問題がある』と思い知らされる……やだな、ほんと……賢い人間に生まれたかった……かっけぇ男に生まれたかった……高クオリティのIQや、高スペックの運動神経が欲しかった……なんで、俺は、『こんな感じ』なんだろうって落ち込んで……それで、ちょっと時間が経つと、今度は、『そんなクソダサイことに落ち込んでいることそのもの』に落ち込んで……クソったれな悪循環に殺されそうになって……」


 ユラユラと、

 センのオーラが揺れ始めた。

 『ブレている』と評価することもできるが、

 しかし、『そうではない』という評価も、出来なくはなさそうな、

 そういう、あやふやな感覚。


「ヒーローなんかじゃない……ただの一般人だ……当たり前の悩みを抱えて、当たり前の不自由さに縛られて……『ふざけ尽くした世の理不尽』にさらされながら、ボロボロになって……ゲロ吐きながら……それでも……なんとか前を向いて、必死に生きている……そういう……どこにでもいる、ただの人間だ……」


 そこで、センは、グっと奥歯をかみしめて、

 シッカリと前を向いた。


 『苦しみ』を知っている目。

 『命の痛み』に通じている瞳。


 『選ばれた超人』ではなく、

 『何でもない人』の視線。


 龍でも、鬼でも、怪物でも、悪魔でも、精霊でも、邪神でもない。

 どこにでもいる、ただの人間。

 脆くて、醜くて、無様で、情けない……そんな、弱い命。


 その視線に、アダムは、一瞬、気圧された。


(……主上様の目……)


 アダムの全身の毛が、ゾクリと逆立った。

 心がザワつく。


「……『出来のいい超常』なんかじゃねぇ。『精悍な天使』でも、『聖なる死神』でもない。……ただの、どこにでもいる、みすぼらしい人間……それが俺だ……クソださくて、みっともなくて……けど……」


 だからこそ、

 と、センは、接続詞を添える。


 けれど、そこから先を繋ぐには、

 まだ言葉が足りないと気づく。


 だから、最後に少しだけ、


「これだけ、みっともないザマを晒したんだから、もう、いまさら、何も怖くないって、素直に思える。守るべき体裁(ていさい)なんて存在しない。誰の目を気にすることもねぇ。ここまできたんだから、もういっそ、とことんまで、堕ち尽くしてしまいたいとすら思う」


 限界の限界まで、無様を晒したことで、

 自分の『深部』に触れたセン。


 理解する。

 自分を。

 これまでより、

 ほんの少しだけ深く。


「ゲロまみれのボロ雑巾になって、それでもなくさなかったもの。ここまで堕ちて、まだ俺が捨てなかったもの。バカみたいに、ずっと、必死に、にぎりしめていたもの。コレがなんなのかは知らん。けど……ここまで堕ちていながら、でも、いまだに捨てなかったものなんだから、きっと、俺にとって、本当に大事なものなんだろう。だから、これからも、俺は、コレを抱えて生きていこうと思う。ずっと……ずっと……『俺という概念』が、本当に終わってしまう、その日まで……俺は……無様に……みっともなく……あさましく……みじめに……叫び続ける……絶対に……叫び続けてやるんだ……」


 アダムの視線の先で、

 センは、






「――『ヒーロー見参』――」






 とびっきりの覚悟を口にした。


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