1話 癪(しゃく)。


 1話 癪(しゃく)。


 ――ヨグの指パッチンによってセンの頭が吹っ飛ぶ直前。

 センは、

 心の中で、




(――頼んだぞ、ピンチヒッタァッッ! くそみそ癪(しゃく)で仕方がないがぁっ! こうなったら、お前だけが頼りだぁあ! どうにか、俺を回収してくれぇえ! ……お前なら……頑張れる!!)




 そう叫んで、

 『後頭部に埋め込んでおいた銀の鍵』を発動させた。


 銀の鍵は、センの転移を拒んだ。

 ヨグの領域魔法によって、時空移動は制限されている。


 しかし、ヨグは、あくまでも、

 センエースに対しての次元ロックを張っているだけで、

 他の対象はシカトしている。


 あえてそうしたのではなく、

 そのぐらい特化しないと、封じることができなかっただけの話。


 ――結果、

 センエースの覚悟は届く。


 絶対にあきらめなかったヒーローは、

 自分の『記憶の奥』にこびりついている、

 『この世の誰よりも嫌悪している天才』に、

 『自分の回収』をたくした。


 『記憶』の『重み』は知っている。

 インフィニットクルルーは、オメガの『記憶』をインストールするだけで、異次元の質量を手に入れた。


 そして、銀の鍵のメインは、過去に『記憶』を飛ばすこと。


 タイムリープの可能性にかけたセンは、

 自分の全部を切り離し、

 『彼に関する記憶』だけを、

 過去に飛ばそうと画策。


 名前も憶えていないが、

 しかし、センは知っている。


 『才能的には凡夫極まりないセンエース』とは違い、

 『彼』は、

 『この上なく狂気的な天才』である、と。






 ★






 ――『田中トウシ』は、

 目を覚ますと、まず、眼球を高速で動かして、

 周囲の状況を確認した。


「……あん?」


 最初に抱いたのは疑問。

 そして困惑。


「ぇ……どこ……」


 だが、時間が経つにつれて、困惑の量は徐々に低下していく。



「あ、いや……ワシの部屋か……え、ワシの部屋? ……ああ、まあ、ワシの部屋か……そうやな……うん……ワシの部屋や……うん……んん?」



 違和感が止まらないのだが、

 しかし、トウシは、


「ワシは……田中トウシ……うん……時空ヶ丘に通っとる高校生……高校生? いつ、中学を卒業したっけ……あれぇ……?」


 頭の中が、グチャグチャだった。

 しかし、そのグチャグチャが、

 時間が経つにつれて、どんどん整理されていく。


 まるで記憶を植え付けられているみたいに、

 どんどん『自分』が形成されていく。



「……めちゃくちゃ、寝ぼけとるな……あかん、あかん……」



 ベッドから起きて、

 軽く体操をする。


 深呼吸と運動で、

 頭に血をまわして、

 どうにか、普段の自分を取り戻そうとする。



「普段、起きたら何してたっけ……ん、なんで、ワシ、今日は、こんなに寝ぼけとるんや? もしかして、まだ夢の中? いや、ちゃうわなぁ……」



 そこで、トウシは、逆立ちをしてみた。

 壁に足を預けるタイプの倒立。


 むりやり、頭に血を登らせると、

 そこで、


「……うるてぃま……ぎあす……」


 頭の中で、そんな言葉が浮かんだ。

 特に意味のある言葉には思えなかったが、

 しかし、なぜだか、口にせずにはいられなかった。


「……うるてぃまぎあす……って、なんや?」

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