32話 海を飲み干せ。


 32話 海を飲み干せ。



 ファントムな時間を終えると、

 センは、


「……いくぞ、ヨグシャドー。殺してやる」


 あえて、もう一度宣言する。


 極限まで自分自身を高めると、

 センは空間を跳躍して、

 ヨグシャドーめがけてまっしぐら。


 余計な思考を排除して、

 質の高い殺意だけをコトコト煮詰める。


 そんなセンの初手に対し、

 ヨグシャドーは、


「美しい」


 一言だけ感想を漏らし、

 テンポのいいスウェーで回避する。


 センは、『よけられたこと』にショックを受けるほど世間知らずではない。

 すぐさま切り返して、二手目を放つ。


 回転性の武。

 両者ともに、綺麗な円を描きながら演舞。


 回避に専念するヨグシャドーと、

 攻撃に専念するセンエース。


 両者の演舞は数分続いた。

 センからした永遠に近い数分。



 研ぎ澄まされた集中。

 息詰まる高次対話。



「ぶはぁっ!」



 センは、目一杯、息を肺にぶちこんで、


「――閃拳――」


 本気の閃拳を放つ。

 全身全霊。

 全力の閃拳。


 その拳に対し、

 ヨグシャドーは、


「重たい拳だ」


 そう言いながら、軽々と受け止める。

 そのサマを見て、センは、


「なら、もっと重そうな顔をしやがれ」


 イライラにつつまれつつ、

 連撃をぶち込んでいく。


 ハッキリ言って、ダメージは通っていない。

 ヨグシャドーは、センの攻撃を軽くあしらっているだけ。


(くそったれがぁああ!)


 奥歯をかみしめるセン。

 あまりに『開きすぎている力量差』に眩暈がする。


(……海を飲み干せって言われている気分だ……)


 『ヨグシャドーを倒せ』というミッションは、

 『不可能』の具現と言っても過言ではないナイトメア。


 『ムリムリ』と鼻で笑ってソッポを向いてやりたいところだが、


(……くそぉ……)


 チラと、背後に視線を向けるセン。

 そこでは、『別格の強さで、ヨグシャドーと対峙しているセン』を見つめているトコたちがいる。


 彼女たちからすれば、

 センの強さは破格も破格。


 ヨグシャドーが強すぎるため『さすがに相手になっていない』というだけで、実際のところ、センは、トコたちの何倍も強い。


 『センエース』は、

 彼女たちでは理解できない領域にいる。


 だから、希望になりえた。

 希望になってしまった。


 彼女たちは『もしかしたら勝てるかも』という目でセンを見ている。

 彼女たちは理解できていない。

 センもヨグシャドーも、どっちも『理解できない次元』にいるから、両者の力量差が見えていない。


 エフェクトだけで言えば、センの攻撃は、なかなか派手で、かつ、ヨグシャドーが、センを見定めようと、あえて攻撃を避けない場面も多かったため、素人目には、『センの攻撃がヨグシャドーをとらえている』と見えなくもなかった。


 結果、

 トコたちは、


「ぁ、アウターゴッドと正面から殴りあっとる……あ、あいつ、何者やねん……めちゃめちゃイカれとる……」


「何がなんだかわからないけれど……もしかして、押してる? これ、もしかしたら……勝てたり……する?」


「きゃー、すごーい、つよーい、かっこいいー、がんばってー、名前も分からない人ぉ!」


「いや、あの、ツミカさん……あの人、さっき、自分の名前は『セン』だって名乗っていましたけど?」



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