31話 お前はお前のままでいいんだ。


 31話 お前はお前のままでいいんだ。


「他人に、オールを任せるな! 頼むからぁああ! この通りだからぁあああ!」


「大いなる力には大いなる責任が伴う。私は契約を遵守する。それこそ、私が私であるための責務」


「違う。違うんだよ、ヨグ。お前はお前のままでいいんだ。特に何もしなくとも、お前はお前であるというだけで、すでに、大きな責任を果たしているんだ。だから、もう大丈夫。さあ、右手をおろして。大丈夫、怖くない、大丈夫だから」


 必死になだめようとするものの、

 焦っているせいか、すべての言葉が薄っぺらくなっているセン。


 部分部分にフォーカスをあてれば、

 それなりに、質量のあるセンテンスたちだが、

 しかし、状況しだいでは、すさまじい軽さになってしまう。


 それが『言葉の重み』という概念の本当の意味。



「ヨグ、お前は目覚めた。くだらない運命を拒絶して、さあ、家に帰ろう。お前には、お前にふさわしい世界がある。そして、それは、こんな醜い世界じゃない」


 必死の説得を続けるセンに、

 ヨグは、


「説得で止まる絶望など存在しない。そんなものを絶望とは呼ばない。――私を止めたければ、私を殺せ。それ以外に道はない」


 あくまでも頑ななヨグの態度を受けて、

 言葉ではどうにもならないと、完全理解したセンは、

 心底からしんどそうな顔で、天を仰ぎ、



「……い、いやぁ……」



 心の痛みを口からこぼす。

 膨れ上がる絶望を全身でしめす。


「……か、勝てねぇよ……」


 ただの本音をこぼす。

 アリがガ〇ダムに勝てるわけがない。

 そんな未来を描けるほど、この世界は、『質量という概念』をシカトしない。


「あんたは強すぎる……俺では無理だ」


「ならば、世界は終わるしかない」


 そう宣言しながら、

 ヨグシャドーは、

 おごそかに、武を構えて、


「私を止めてみせろ、センエース」


 静かな構え。

 すべてのノイズが排除されていた。


 一つ一つが、驚くほど美しい。

 そんなヨグシャドーの前で、

 センは、


「……あんたを止める以外に……バッドエンドを回避する手段は……本当にないのか?」



「ない。あえて、もう一度断言しよう。ない」



「はぁ……俺の人生って、ほんと、終わってんなぁ……」


 たっぷりの諦観を込めて、

 ボソリとそうつぶやくと、

 センは、


「すぅ……はぁ……」


 一度、ゆっくりとした深呼吸をはさんで、


「仕方ねぇ」


 諦めて、覚悟を口にする。


 『なにかしらの救い』という『希望』にすがるのを『諦めて』、

 ただひたすらに、愚直に、獰猛に、自分自身の覚悟に没頭する。


「勝てるとは思ってねぇ。けど、勝てなきゃ終わるっていうなら……勝つしかねぇ。これから俺は、俺の全部で、お前を殺す。それが可能かどうかはどうでもいい。ただ、やる。最後の最後まで。選択肢を失った地獄の前で、最後の最後までもがき続けてやる」


 深呼吸に呼応して、

 センの全てが充実していく。


「降りてやらねぇ……絶対に……」


 自分自身の深部に、

 自分自身の覚悟を刻んでいく。


 冗談で場をいなしたり、

 ファントムトークでお茶を濁したり、

 そういう、緩やかな時間を置き去りにして、


 センは、


「……いくぞ、ヨグシャドー。殺してやる」


 あえて、もう一度宣言する。

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