9話 顔の終わり方に加速をかけていくスタイル。


 9話 顔の終わり方に加速をかけていくスタイル。


「俺も、もちろん、話したことはないから、詳しくは知らんけど、いたのは憶えている……憶えている……よな……うん……あれ? いや、うん、いたいた……いたよな……名字は憶えているんだから、そりゃ、いたよな……」


 口では、そう言いながらも、

 才藤は、心の中で、


(閃……名字はハッキリと憶えている。入学してからずっと隣にいたやつだから、そのぐらは、さすがに憶えている……さすがに……いや、でも、俺、中学の時、隣のやつの名前とか覚えていたっけ? おぼえてなくない? なんで、閃の名前は、こんなにハッキリ……そして、名字は憶えていながら、それ以外のことは何も……ん? な、なんだ、この、とんだ違和感……なんで、こんなに、ザワザワする?)


 あまりに意味不明な感情。

 体の中心が、妙にザワつく。


 聖堂も才藤も、

 互いに、何が何だかよくわからないまま、

 謎の不穏な気配に疑問を抱いていると、

 教室に、教師が入ってきた。


 朝のホームルームがはじまる。

 センはアクビをしながら、伸びをした。

 退屈だったわけではない。

 今も、必死になって、背景に溶け込んでいるだけ。



 ★



 三限時のセンは、

 体育館の隅っこで、体育座りをして、

 『コートの中をウロウロしているだけの才藤』を見ていた。


(……やる気ねぇなぁ、あのクソ陰キャ……つぅか、顔の死に方がやべぇ……)


 現在、センのクラスは、体育でバスケットをしているのだが、

 才藤は、一ミリも活躍していなかった。

 いや、『活躍をしている』とか『していない』とか、そんな次元ではなかった。


 コートの端っこで三分ウロウロしては外に出て、

 五分ほどたつと、またコートに入って三分ウロウロするという、

 あまりにも非生産的な行動を何度か行っているだけ。


 センは、ここで確信する。


(俺、相当な陰キャだけど、さすがに、あいつよりはマシだな……)


 などと、心の中でつぶやいていると、

 その視線に気づいた才藤が、

 コートの中をウロチョロしつつ、

 自分を見ているセンを横目に、


(なんだろうなぁ……この謎の違和感……デジャブともなんか違う……んー、まあ、とりあえず、言えることは一つ。俺、結構な陰キャだという自負があるけど、あれには負けるな……あれは酷ぇ)


 『お互いが、お互いを、心の中でディスりあう』という不毛な時間を過ごしていると、3セットが終わった。


 コートの外に出て、

 体を冷まそうと、体育館の隅で置物に徹している才藤。


 すると、そこで、

 悪目立ちしているヤンキー型のクラスメイト『風見』が、


「あいつ、ウケんだけど。一回もボール触ってないのに、めっちゃ汗かいてるし」


 通りすがりざま、才籐の顔を指さして笑った。


 風見の笑い声につられて、あるいは応じるように笑い声をあげるバカな取り巻き二人。


 ちなみに、そこから、才籐についての話題で更に盛り上がるという事はなかった。

 風見が才籐をゆるく一イジリして、その場に、ほんのりと一笑いが起こって終わり。


 あとは才籐など無視。

 ――今となっては、視界にすら入っていない。

 空いているゴールに向かって嬉しげにボールを投げている。


 その一部始終を見ていたセンは、

 心の中で、


(才藤のやつ、顔の終わり方に加速をかけてきたな……あれは、完全に人殺しの目だな……いや、気持ちは分かるけどねぇ。仮に、俺が、あんな露骨なイジりをくらったら、どうするだろうねぇ……まあ、でも、シカトするしかないかぁ……学校っていうのは、本当に不自由な空間だねぇ)


 などと、考えている間、才藤は、

 額の汗を手でぬぐいながら、

 その無脊椎動物を見るような目を、

 さらにドンヨリと暗くさせつつ、

 ジットリとした、深いタメ息をついていた。

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