102話 3本勝負。

 102話 3本勝負。


「そんなに、ツミカさんに、キスしてもらいたいのかにゃ?」


「お前の場合、『ホンマもんのハードめなヤツ』だから、引くにひけねぇんだよ」


 心底しんどそうな顔でそう言うセン。


 そんなセンの感情などシカトして、

 茶柱は、息を荒くして、体をくねらせつつ、


「うぅぅ、あついにゃ、きついにゃ、死んじゃうにゃ。でも、絶対にキスはしたくないから負けるわけにはいかない……ど、どうしてツミカさんがこんな酷い目に……ゆ、ゆるせない……絶対に許さない……」


「恨みがましい目で睨まれる意味が一ミリも理解できん! 一から十まで、ぜんぶ、お前が勝手にはじめたことだろうが!」


 それから一分ほど、

 茶柱は、熱さにもだえ苦しんでから、


「うぅ……も、もう無理にゃ!」


 そう言うと、

 ほとんどノールックの1フレムーブで、


 ――センの頬に、唇を押し当てた。

 7秒ほどの、ちょっと長いキス。


(……ぇ、ぇえ……っ)


 まさか『マジでしてくる』とは思っていなかったセン。

 だから、普通に固まっていた。

 理解が追い付かない。

 感情が置き去りにされている。



「ぺっぺっ、汗が口の中に入ったにゃ! キモいにゃ! 訴訟も辞さない構えにゃ!」



 手の甲で、ゴシゴシと、自身の唇を拭いてみせる茶柱。


 ――その様子を直視することで、

 ようやく、『自身の現状』を理解したセンは、

 普通に、うろたえながらも、

 どうにか、再起動を果たし、


「……か、完全にあたり屋じゃねぇか……っ」


 どうにか言葉をひねだしたものの、

 なかなかの噛み具合で、

 そうとうに滑稽だった。


 その無様さをツッコまれたら、

 『だいぶしんどいな』などと思っていたが、

 しかし、茶柱は、センの狼狽(ろうばい)を指摘することはなく、

 ただただ、『自分の言葉』だけを、

 丁寧に並べていく。


「そもそも、『我慢勝負』でセンセーに勝てるわけがないのにゃ! こんな理不尽な勝負でツミカさんの唇を奪うだにゃんて……外道もここに極まれりだにゃ!」


 そんな捨て台詞を撒き散らして、

 ツミカはサウナルームから出て行った。


 去り際にチラ見したツミカの顔は、

 かなり真っ赤になっていたが、

 それは、もちろん、サウナの熱気のせいだろう。



 ――イカれた悪魔が去って数秒。

 落ち着いた静寂の中、

 センは、身動き一つせず、その場でかたまっていた。


 ゆがんだ余韻の中で、

 センは、まとまらない思考を横目に、



「……ぁ、あいつは、『俺に嫌がらせしないと死ぬ病気』にでもかかってんのか」



 などと、中身のない言葉を口にしつつ、

 ツミカにキスされた頬をさする。

 ジンジンと妙な熱を放っているほっぺた。


 『違う』とわかっていながら、

 しかし、センは、その妙な熱を、


「……ここのサウナ、温度、バグってんな……」


 サウナのせいにした。

 『滑稽さ』が、どんどん積み重なっていく。


 揺さぶられまくった心がピリピリと痺れている。

 鬱陶しいと思いながらも、しかし、センは、

 どうしても、その鬱陶しさを嫌いになれなかった。


(……この店に来てから、ずっと、しんどい……『このウザさを受け入れる代わりに世界が救われる』というのなら、まだ我慢もできるが……しかし、もし、これだけの目にあっていながら、それでも、剣翼が舞うようなことがあったら……俺は、おそらく、次のループで、紅院正義の鼻に、キツめのグーパンをいれてしまうだろう……)

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