42話 水の泡。


 42話 水の泡。


「なにもかもが中途半端な『出来の悪いヒール』っぷり。時々にじみ出ている罪悪感……そんなもん出すくらいなら、最初から何もしなければいいのにゃ」


 茶柱は、またセンにビンタをいれる。

 乾いた音だけが世界に刻まれる。


「……あんた、なんで、そこまで出来るの?」


 茶柱罪華の、めったに聞けない真摯な声。

 そんな彼女の疑問符に、センは、




「絶対に……」




 ボロボロと、涙をこぼしながら、

 嗚咽の混じった声で、




「……失いたくないから……」




 かすれた声でつぶやく。


 ――その脆い姿に、我慢できなくなった茶柱は、

 センの頭を、自分の胸に押し付けるようにして、かき抱く。


 ギュゥと、力強く、愛しさの全部を込めて抱きしめる。


 そんな彼女の抱擁を受けて、

 我慢の限界がきたのか、

 センは、


「うぅ……ぁああ……あああああっ……ああっ……うっ……ぁあああ……ああ……ぅぅ……ぁあっ!」


 壊れたように泣いた。

 もう二度と泣きたくないと、

 もう二度と無様は晒したくないと、

 本気で願い、誓い、覚悟しても、

 限界がきたら、人は涙を流す。


 ズキズキする全部が、魂魄の輪郭に刺さって、

 壊れた命をヒタヒタにして、


 そうやって脆さを晒して、とことん無様になって、

 男としてのプライドとか、英雄としての意地とか、

 そういうものが、見事なぐらいに砕け散って、



 ――けど、残っていたものは確かにあった。



 センは、自分を抱きしめてくれた茶柱を、

 思いっきり抱きしめて、

 ひたすらに、ズタボロの涙を流した。


 惨めをさらけ出して、

 情けなさと絡み合って、

 そうやって、みっともなく歪んで、

 けれど、だからこそ、


「……俺は……まだ……」


 センは、奥歯をかみしめて、



「……がんばれる……っ」



 覚悟を口にした。

 ぶっ壊れて、歪んで、腐って、

 けど、完全になくしたわけではないから、

 わずかに残っていた勇気を杖にして、

 センはもう一度たちあがる。


 何度折れても、砕けても、

 必ず、もう一度、立ち上がる。


 壁にぶつかって、へこんで、グズっても、

 最後には、必ず立ち上がる。


 ――その器だけが、唯一の希望。


 未来につながる、たった一つの道。






 ★






 ――目が覚めた時、センは泣いていた。


「……また、無様をさらしやがって……いい加減にしろ、クソボケ……なんで、俺はこんなにも弱い……」


 自分自身の脆さにイライラする。

 まだ、涙が止まらない。

 その事実に対して、本当に怒りを覚える。


「すぅ……はぁ……スゥ……ハァ……」


 何度か深呼吸を繰り返すことで、

 どうにか、涙を抑え込むことに成功すると、


「……バギー、こい」


 携帯ドラゴンの召喚をこころみる。


「……きゅ」


 相変わらずふてくされた態度のバギーをみて、


「よかった……無駄に同情を買ったことで、ヘイト値が下がり、召喚できなくなっていたら、どうしようかと思った……」


 と、そこで、ヨグシャドーが、


(ギリギリ召喚できる程度のヘイトは稼げているが、経験値倍率は大幅に下がった。そして、もう、限界値近くまで上げることは厳しいだろう)


「…………」


(貴様が晒した無様は、茶柱の中に強く刻まれてしまった。せっかく、時間をかけて積み上げてきたというのに、この愚か者め)


「……今までの努力が……水の泡か……」

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