18話 睡蓮の波動。


 18話 睡蓮の波動。


「……ぁ、あたっ……た? な、なんで……」


 心底から不思議そうな顔をして、殴られた頬を、無意識にさするアダム。


 アダムからすれば、『飛んでいたハエが顔にあたった』というぐらいのもの。

 『多少の痛み』すら感じていない。


 しかし、プライドはひどく傷ついたようで、


「き、貴様のようなカスの攻撃を……この私が受けたなど……あ、ありえない……」


 震えながら、

 オーラを練り上げていき、


「こ、こんな無様……こんなっ……主上様の右腕である私に……き、貴様……く、く、く、クソがぁ……」


 怒りで羞恥を隠すように、

 激昂の濃度を上げていくアダム。


 バチバチと、体中に電流が走り、

 身にまとうオーラと魔力がえらいコトになっていく。


「けっ、消してやる……っ……全部っ! 貴様のぉお! 全部をぉおおお!!」


 鬼のような顔で、

 センに襲い掛かろうとするアダム。




 ――その時だった。




 アダムの背後に、

 とても『静かな気配』が顕現した。


 瀟洒(しょうしゃ)な水面(みなも)のような、

 研ぎ澄まされた夜を感じさせる睡蓮(すいれん)の波動。


 その気配を感じ取るやいなや、

 アダムは、ビクゥと背筋を伸ばし、



「……しゅ、主上様……っ」



 一瞬で、それまでに育んだ感情を完全放棄する。


 激昂していたオーラを、完璧にかき消して、

 すぐさま、片膝をついて、頭を下げた。

 そんなアダムを見下ろしながら、

 『静かな気配の主』は、




「――頬を見せてくれ、アダム」




 そう命じられ、

 アダムはすぐさま、バっと顔をあげた。


 『アダムの主』は、アダムの頬を、軽く撫でながら、


「……傷跡にはなっていないが……しかし、あいつのオーラの余韻が、わずかに残っている……どうやら、本当に一発をくらったらしいな」


「も、もうしわけございません、主上様! 油断をしてしまいました!」


 慌てて謝罪をするアダムに、

 主上様は、芯のある声で、



「嘘をつくなよ」



「っ」


「お前は集中していた。ちゃんと、あいつを警戒していた。何をされても回避できるよう準備をした上で、お前は、あいつにライダーキックをぶっかました。そんなお前に、あいつは一発を入れてみせたんだ。――大事なのはそこ。『ソレ』だけが、今のお前が、俺に伝えるべき、唯一の、『正確な情報』だ。お前の『自分落とし』はどうでもいい。違うか?」


「……もうしわけございません」


「うん。ここは謝れ。意味のない嘘はつくな。お前が一発くらったのは、お前のメンタルに問題があったからじゃない。あそこにいる『頭の悪そうなモブヅラ』が、意外にハンパなかった。それだけの話だ。俺の右腕を名乗るなら、その辺、ちゃんとしておけ。俺の隣には、イエスマンも自己卑下マンもいらない」


「……はっ!」


 腹の底から声を出すアダムに、


「とりあえず、お前はもういいから、かえって寝てろ。ここから先は、俺の時間だ」


「お、お一人で闘うつもりですか? それはなりません。私の仕事は、主上様の盾。あのパチモノは、話にならないクソザコですが、しかし、『主上様を模したパチモノ』ゆえ、どんなふざけたマネをするか分かったものではありません。もしもの時のために――」


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