34話 薄っぺらな嘘。


 34話 薄っぺらな嘘。


「……降りてやらねぇ……」



 センは、静かに、武を構えなおした。


「絶対に降りてやらねぇ……この絶望、この苦しみ……全部のみこんで、俺は歩き続ける」


 歯を食いしばって、前を見る。

 獰猛な瞳で、

 ありったけの怨みをこめて、

 世界の全部をにらみつける。


「今日という地獄も、例外にしてやらねぇ」


 砕け散ってしまいそうなほど、


「なにもかもぜんぶ、残らず、俺の軌跡に積んでやる」



 奥歯と拳に圧力をかけて、




「ヒーロー見参」




 とびっきりのウソをつく。

 これまでの人生の中で、

 何度も、何度も、何度もついてきた大ウソ。

 なんの中身もない薄っぺらな戯言。


 言葉そのものに意味はない。

 センエースはヒーローじゃない。


 しかし、だからこそ、とびっきりの意味を持つ。

 矛盾した概念の集合体。

 どうしようもない空虚の螺旋(らせん)。


 『その先にある何か』を求めて、

 今日も、センエースはヒーローを騙(かた)る。


 その無様な姿を見て、

 クルルーは、



「勝率を聞かせてくれ。貴様が私に勝てる確率は、おおよそ、どの程度だ?」



 そんな言葉をなげかけてきた。

 センは、『5秒には届かない短い時間』だけ悩んでから、



「0だろ。多分な。知らんけど」



 素直に、思ったことを口にした。

 センは、大ウソつきの最低野郎だが、

 しかし、少なくとも、今の発言は、嘘ではなかった。

 事実かどうかはともかく、

 間違いなく『本当に思ったこと』を口にした。


「お前に勝てるとは思えねぇ。だが、降りるわけにはいかないから……くだらない意地とか誇りとか、そういう俺の中の全部を根こそぎかき集めて……最後の最後まで、抗い続けてやる」


 そう宣言すると、センは飛び出した。

 先手必勝の構え。

 とにかく、クルルーの顔面を殴りつけようと特攻。


 その雑な一手を、

 クルルーは、鮮やかに回避して、


「一段階、速くなったな。覚悟を積んだ貴様は、いつだって重たい。しかし、私は、それだけで超えられる壁ではない」


 ぬるいカウンターを入れてきた。

 遊びのジャブ。


 本気で相手をするまでもないという示唆。


 そのナメた切り返しに対し、

 センは、普通に激昂し、


「ナメんなよ、カスがぁあ!」


 ギアをさらに上げていく。

 長期戦を捨てて、短期決戦にシフト。

 スタミナ消費量をシカトして、

 とにかく全速前進の特攻を決め込んでいく。


 センは、インフィニットクルルー・ニャルカスタムに対し、

 『センエースの全て』をぶつける。


 全身全霊の猛攻。

 今のセンに出来る余剰のない全部を、

 インフィニットクルルー・ニャルカスタムは、

 すべて、完璧に受け止めてみせた。


「はぁ……はぁ……」


 肩で息をするセン。

 しかし、相対するクルルーは、

 汗の一つもかいちゃいない。


 誰が見ても明らかな差が、

 両者の間にはあった。


「……おまえ……ただの『強化されたクルルー』じゃないな……」


 息を切らしつつ、

 センは、クルルーを睨みつけて、そう言った。


 すると、クルルーは、ニっと微笑んで、


「お、気付いたか?」


 などと、軽い感じで、そう返事をする。

 センは、渋い顔で、


「クルルーは、そこまで強くねぇ……ここまで、芯のある強さではなかった。数値が底上げされただけじゃない。そもそも別物。お前は誰だ?」

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