46話 虚空の王。


 46話 虚空の王。


「刮目するがいい。貴様は『虚空の王』の前にいる」


 ヒビわれた空はカケラとなって、

 歪な天使の階段を空に刻んだ。

 荘厳な命の渦(うず)をまきながら、

 ゆらりと、時空に円をかたどる。


 世界の影に寄り添うように、

 運命を刻んでいた粒子は、

 いつしか、

 生命のシルエットを描き出す。


 無名の霧に包まれて、

 最果ての絶対領域に迷う命の究極。



 ――そして、顕現。



 人型の姿をとった化け物。

 虹色に発光している妙な服を纏いし、

 ゾっとするほど美しい女。 



「私は、アウターゴッドの頂点。混沌を支配する神。全にして一、一にして全なる者。つまりは真理の具現。神々の頂点、虚空の王ヨグ=ソトースである」



 静かな声で、名乗りを上げた神。

 その威圧感を前にして、

 センは、今にも漏れそうだった。


 ヨグの容姿が、『豊満な美女である』という、『その奇妙さ』に対してコメントすることもなく、ただただ、


「……ちょ、ちょっと待ってくれ……これは……流石に……」


 ビビリ散らかすばかりで、

 気づいたら、一歩下がっていた。

 気づかないうちに、二歩目のビビリを踏み出していた。


 恐怖に支配される。

 SAN値がガンガンに下がっていく。


(……虚空の王ヨグ=ソトース……そこらのアウターゴッドとは、格が違う……これは、勝てない……)


 センは理解した。

 『世界の救済』を『あきらめる気』は毛頭ないのだが、

 しかし、センエースにも『出来ること』と『出来ないこと』がある。


 ――これは出来ない。

 さすがに、『ヨグ=ソトース』には、敵わない。


 ヨグは、センを指さして、


「センエース。これから私は、貴様を殺す」


 そう宣言した。


 そこに、冗談の気配はなかった。

 濃厚な殺意だけが渦巻いている。


「……『殺すと言ったな。あれは嘘だ』……って言ってほしいんだけど……」


 どこまでも、とことんビビり散らかしながら、

 そうつぶやいたセンに、


「この件に関して、嘘はない。貴様は死ぬ。何も救えず、何も守れず、何者にもなれずに、ここで死に絶える」


「……あんたが、本気でそれを望むのであれば、まあ、俺は普通に死ぬだろう。いくらなんでも差がありすぎる……1000年後や、10000年後なら、まだ分からなかったが……今の俺が、あんたに勝てる可能性は……ゼロだ……」



「諦めがはやいな、センエース」



「諦めているんじゃない。事実を口にしている。『夏は暑い』って感想を口にするのは、何かを諦めていることになるか? そうじゃねぇだろ?」


「……そうだな」


 そこで、ヨグは、

 武を構えた。


 静かな構えだった。


 それを見て、センは、



「スキがないとか、そういうレベルじゃないな……飛び込んだら死ぬ……未来が見えるよ、今の俺には」


「逃走は不可能。どこにも逃げ道などない。私に勝てなければ死ぬ。さて、どうする?」


「……俺は……死ぬわけにはいかない……俺以外には、出来ないことがあるから……」


「傲慢だな、センエース」


「違うよ。これも、ただの事実だ。俺にしかできない。俺ぐらい狂っていないとできない」

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