96話 ロマン。

 96話 ロマン。


(ちゃんと金をかけているって感じだな……)


 これだけ『金で磨き抜かれた空間』にいながら、

 『下品さ』は微塵も感じなかった。


(死ぬほど働いて稼いだ自分の金で療養しにきているのであれば……素直かつ無邪気に、この凄さに圧倒されていたんだろうが……)


 『はぁ』と、無意識のうちに、深いタメ息がこぼれた。


 『施(ほどこ)し』を受けるのが大嫌いなセンは、

 現状、『不安定な居心地の悪さ』に包まれていた。


 この空間自体に問題は何もない。

 単純に、センの『考え方』の問題。


「まずは、こちらに着替えていただけますか?」


 手渡されたのは、

 膝下ぐらいまである半ズボンタイプの水着。


「当店では、施設のほとんどを、水着の状態でご利用いただけます。プール、サウナ、温泉、エステ、ボディケア、岩盤浴、テラス、レストラン、カフェ、美容室。もちろん、お申し付けいただければ、即座に、上着も用意させていただきます」


「……そりゃ、どうも」



 ★



 着替えを終え、

 ロッカーに荷物をしまい終えたセンは、

 田畑さんの案内で、

 温泉へと足を運んだ。


 ガラス張りの扉を開けると、

 開放的で広大な空間が広がっていた。


 複数のジェットバス、露天風呂、ヒノキの湯、ツボ湯、滝湯、

 20種類近くのバリエーション豊かな温泉。

 サウナは五種類。

 水風呂は7種類。


(……貸し切りか……いや、うん……まあ、もちろん、不特定多数の『オッサンの裸体』なんざ見たくないから、この状態は望むところなんだが……)


 静かで、豊かで、独りで、

 だから、この『状態そのもの』に文句はないが、


(これだけ広い場所を、むりやり、一人で利用している、という現状は……なんというか、居心地が悪いな……)


 『人の出入りが少ない時間帯に利用したことにより、偶然、貸し切り状態になった』というのであれば、そこそこテンションが上がるのだが、

 『これだけ広い空間を、むりやり、借り切りにしている』、というのは、妙な『成金感』を覚えてしまうので、軽く不愉快な気持ちになる、

 ……という、『センエース特有』と言ってもいい、謎感覚。


 センはタメ息をつきながら、

 しかし、水着のまま、ただ突っ立っているのもアレなので、


「……ふぅ……」


 近くの浴槽に肩までつかる。

 体がジンワリと暖かくなる。


「……綺麗な空だ……」


 窓の外に広がっている空は、

 雲一つない快晴だった。


(……このまま何も起こらなければいいが……)


 そんなことを想いながら目を閉じて、

 体中を包む暖かさを感じていると、


 扉の開く音が耳に届いた。


 ――センは、これまでの人生で、何度か銭湯を利用したことがある。

 ゆえに、『浴室内をスタッフが出入りする』という点にも慣れている。


 だから、特に気にせず、

 目を閉じたまま、暖かさを感じていると、




「こうしてみてみると、筋肉とかは、普通なんやなぁ。というか、ジブン、結構なヒョロガリやなぁ」




 背後から、そんな声が聞こえて、

 センは、


「……えぇ……うそぉん……」


 心底しんどそうな顔で、

 振り返って、声の主を確認すると、

 そこには、当たり前のように、

 水着姿のトコが立っていた。

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