65話 本当のナバイア。


 65話 本当のナバイア。


 虚影が、『エゲつないほどヤバいもの』だと、理性では理解しているものの、

 しかし――いや、だからこそ、ナバイアは、強く、強く惹き付けられる。


「これは……なんと……美しい……」


 決して、心を操られているわけではない。

 ただ、その尋常ではない『黒さ』に魅入られた。

 それだけの話。


 ナバイアは、


「これ以上ない黒……」


 ラリったような顔で、虚影を受け取ると、

 その刀身を、ジっと、舐めるように見つめる。



「力が……あふれる……」



 虚影を手にした瞬間、

 命のゲージが振り切った。


「世界とつながる……私が、本当の私になっていく……」


 ドクンドクンと、心臓が凶悪に脈打つ。

 全身の全てが沸騰して、

 これまでに感じたことのない波動が、

 己の全部を包んでいくのを感じた。


「これがオーラ……これが魔力……」


 一瞬で、全てを理解するナバイア。

 自身を包み込む、泡とも液体とも言えない特異な概念。


 自分を支えてくれる柱の流れ。

 まるで『それまでは動いていなかったエンジン』がごうごうと可動し始めたように、

 ナバイアの意識がキレッキレになっていく。


「ああ、分かる……分かるぞ……命が見える……これが私……本当の私っ!」


 あふれる全能感と万能感。

 とにかく、体が軽い。

 暴力的なATPの嵐。

 今まで、ナバイアを無粋に縛り付けていた鎖がはじけ飛ぶ。


「絶対にぃ! 今! 私が! この星で最強!! 私を超える力は存在しない! 絶対にぃいいいいい!」


 などと、発狂しているナバイアに、

 ゾーヤが、ドン引きの顔で、


「な、ナバイア……落ち着きなさい」


 現在、ナバイアは、『厄介な剣の呪い』でも受けているのだろう、

 と、そんな間違った推測でもって声をかけるゾーヤ。


 そんな彼女の喉元に、

 ナバイアは、剣の切っ先を向けて、


「黙りな、ババア。気安く話しかけるな。私は、貴様が嫌いだ。というか、私は、ロシア人が嫌いだ。貴様らの醜い暴力性が大嫌いだ」


「……アメリカ人に暴力云々など、言われたくないわね。醜さで、あんたらに勝てる者などいないだろうさ」


 誰だって、自国が一番で、他国は醜いと考える。

 そうやって、人間は、国という『空想』の中で発展し進化してきた。

 『人間』という『種』でモノを見ることを放棄して、

 『国』というパッケージで内か外かを判断する。


 ――ナバイアは、


「私を恐れているな、ゾーヤ。私が怖いか? 力を持つ私が」


「……『力に飲み込まれているバカ』を恐れない者は『同じバカ』だけ。賢者は、『愚者の厄介さ』を知っている。だから、賢者は、愚かさに飲み込まれまいと、常に自分を必死に律している」


「私を愚弄するのか……アレマップ・ゾーヤ」


「そう聞こえなかったかい?」


「愚かだな。命の差すら分からないというのは」


 ナバイアは、ニィと黒く微笑んで、


「貴様には、他者のオーラすら見えていないのだろう? 私には見えているぞ。貴様は非常に矮小だ。絶句してしまうぐらい小さい。これまで、私は、こんなにも小さいゴミと肩を並べて、話をしていたのか。なるほど。道理で、時折、話が通じないわけだ。私と貴様らでは、命に格差がありすぎた」

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