62話 トロッコ問題ですらない。

 62話 トロッコ問題ですらない。


「貴様らを殺したあとは、テキトーに、退散させてもらうことにしよう」


「ふむ……」


「盟約の内容を、もう少し、具体的にしようか。あのカスが、貴様を殺すと、あのカスは助かる。助かるのは、あのカスだけだ。他のヤツは全員殺す。……この盟約を拒むなら、貴様ら全員を殺す。これは、最後の譲歩。交渉には一切応じない」


 そこで、トコは数秒考えてから、


「……整理してもろたら、めっちゃ簡単な問題になったな。……当たり前の話やけど、全員死ぬよか、そっちの方がマシ……」


 そうつぶやくと、


「よし。閃。あたしを殺せ」


「……おいおい」


「いや、わかるで。あんたの言いたいことも。けど、このままやったら、全員死ぬ。全員死ぬか、一人は生き残るか。その二択を前にして、悩む必要は皆無やろ。こんなもん、トロッコ問題にもなってへん」


 一人を殺して五人を助けるか、

 それとも、

 五人を殺して一人を助けるか。


 この二択ならば、倫理的な意味で『悩む理由』は存在するが、


 『全員死ぬ』か、

 『一人は生き残る』か、

 という二択のどこに悩む理由があろうか。


「ロイガーの気が変わらんうちに、さっさとあたしを殺せ。そんで、あたしらが死んだことを300人委員会に連絡してくれ」


 覚悟を示してみせたトコを横目に、

 ロイガーが、




「ここまで、アッサリと死を享受されると、さすがに興醒めだな」




 などと、面倒なことを言い出す。


「ほれ、みてみぃ! あんたが、さっさと、あたしを殺さんから、また、アホが余計なことを口走りそうやで!」


 そんなトコの悲鳴をシカトして、

 ロイガーは、


「……ほぼ一択という選択内容に問題があった。というわけで、薬宮トコ……貴様にも条件を出す。あのカスをその手で殺せ。そうすれば、70%の確率で、貴様を助けてやる」


「……」


「確率は遵守すると誓う。70%を引けば、必ず助けてやる。……あのカスが貴様を殺した場合、あのカスは確実に助かる。貴様が、あのカスを殺した場合、70%の確率で、貴様は助かる。さあ、どっちにする?」


 その質問を受けて、


「前者に決まっとるやろ、アホか、お前」


 と、トコは即答した。

 それには、センが驚いて、


「えぇ……いや、おいおい……お前、頭どうなってんだ?」


 そんなセンに対し、

 トコは、シレっと、


「あたし、たまに、ミレーやツミカと、ポ〇モン対戦するんやけどなぁ。ここぞという場面の『きあいだま(命中70%)』が当たったためし無いねん」


「……」


「というわけで、あとのことはよろしく」


 そう言って、両手を広げるトコ。

 『さっさと殺せ』と体で表現している。


 そんな彼女の狂気に、

 センはゾクっとした。


 決して『魅力を感じた』という意味ではない。

 純粋な『寒気』の方。

 『SAN値が下がった』と言ってもいい。


 奇妙な感覚に包まれる。

 目の前にいる女に対して、

 どう表現すればいいのか一ミリもわからない感情を抱いた。


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