10話 やつあたり。


 10話 やつあたり。


「だんまりか。ずいぶんと『反抗的な態度』じゃないか。ならば、徹底的にやらせてもらう。覚悟しろよ。まずは、右手の親指からだ」


 そう言いながら、

 佐田倉は、センの右手を掴もうと手を伸ばしてきた。


 そんな彼の手を、センは、

 ソっと避けて、


「警告する。それ以上、俺を不快にさせたら殺す」


 小さな声で、

 けれど、聞こえる声で、

 そうつぶやいた。


 佐田倉は、


「やってみろ、モヤシが」


 ブチギレ顔で、そう圧をかましてきた。

 『そうとうに気合の入ったヤンキー』であっても、

 普通に怯むであろう圧力だったが、

 しかし、センは、


「正式に警告した。俺は、お前に対して、何もしていないのに、こうして、家におしかけられ、脅迫され、無駄に襲われている。その時点で、すでに、たいがいギルティだが、しかし、それでも、俺は、正式に、『俺を不快にさせたら殺す』と、限定条件と最終結論を提示した。――そこまでしてもらっているにも拘わらず、お前は、俺の警告をシカトした。ここから、お前がどうなっても、それは、完全に、お前個人の責任問題であって、俺の倫理観がどうこうという問題ではない」


「何をグダグダいっている?」


「……殺されても自己責任だ。お前が悪い。俺は何も悪くない」


 そう言うと、センは、

 ほんの少しだけアクセルをふかして、

 佐田倉の懐にもぐりこむと、


「先に、俺の爪をはごうとしたのはテメェだ。そのことは忘れるな」


 そう言いながら、センは、

 佐田倉の『右手の親指』をロックオンし、

 自身の中指と親指で、佐田倉の親指をはさむと、

 『はじきのないデコピン』の要領で、

 佐田倉の爪をバチンとはじいた。




「ぎぃいいっっ!!」




 あまりの激痛に、一瞬、悲鳴をあげてしまったものの、

 しかし、佐田倉は、すぐに、奥歯をかみしめて、


「うぐぅう……」


 しっかりと声を殺す。


 その様を見て、センは、


「さすが。いい根性をしているな。親指の爪をはがされていながら、短めの悲鳴一つですませるとは。一般的な男子高校生なら、今頃、のたうち回って泣きわめいているところだ」


「ぐぅ……な、なんだ……今の動き……お前……なんだ……何者……」


「よく聞け、佐田倉。俺はな……俺は……」


 そこで、センは、言葉を失ったように押し黙り、


「……」


 5秒ほど重たい沈黙を保ってから、


「なんなんだろうな……」


 しんどそうな顔で、そうつぶやいてから、

 深いため息をはいて、

 頭をゆっくりと、左右に振って、

 天を仰いで、

 また、大きなため息をついてから、




「八つ当たりした……悪かったよ、お前にも、黒木にも……」




「……やつ……あたり……?」


「ああ……反省しているよ、マジで。本当に、悪かったと思っている。やるべきじゃなかった。俺がゆがんでいた。俺がズレていた。俺が……悪い……ごめん……ちょっと……我慢できなくて……悪い……ほんと……」


「……」


「……ごめん……」


 力なく、その場でへたりこんだセン。


 そんなセンの様子を、

 佐田倉は、


「……」


 黙って見ていることしかできなかった。


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