第270話 イサクの過去(4)

だが、ケテレツの目は、なぜかその赤い瞳に引かれた。

赤い瞳は、荒神の証

ならば、この女は、荒神か?

いや、荒神ならば、人を食おうとしない。ただただ、苦しさから逃れるために暴れまわるだけだ。

目の前の女は、明らかにケテレツを食おうとしている。

よだれを垂らし、今にも食おうと近づいてくる。

ならば、この女は、なんなんだ?

ケテレツの恐怖心が、好奇心によって吹き飛んだ。

今日に彩られていたケテレツの目が満面の笑みに変わっていった。

とても珍しい玩具でも見つけたかのように、子供のようににこやかに微笑む。

ソフィアは一瞬たじろいだ。

目の前の男は、死の恐怖ではなく、微笑みを浮かべているのである。

なぜだ、もしかしたら、何か隠しているのではないか?

ソフィアは身構えた。

もしかして、この男、魔装騎兵なのか……

ならば、容易に近づけば自分の命が危うい。

ソフィアとケテレツの力関係が、揺れ動く。

ケテレツは、興味深そうにソフィアに声をかけた。

「お前、人間を食うのか……それも、脳ではなく肉を……」

そう、ソフィアが食っているのは生気が少ない肉の部分。

魔物であれば、生気が多い脳や心臓を好んで真っ先に食らうのである。

「人でもない、魔物でもない……しかも、その目、もしかして神か……」

ケテレツはひらめいた。

もしかしたら、この女を使えば自分の研究がうまくいくのではないだろうか?

人と魔物の間に橋渡しする何かがあれば、組織同士は結合するのでは?

「もっと人間を食いたいか?」

ソフィアはうなずいた。

この女、人のいう事が理解できているのか?

「もっと食わしてやるから、わしに協力せんか? 毎日のように人魔だろうが、人間だろうが食わせてやる」

ソフィアは手に持つ足の肉を食いちぎりながら考えた。

目の前の人間を食べれば一瞬で終わる。しかし、この男は、毎日、人間を食わせてくれると言った。

ココは素直に従ってみるか。

コイツからは、何やら嫌なにおいがする。

あの魔装騎兵のヨークから漂った涼やかな香りではない、意地汚いどぶ臭いにおいが。


ケテレツは、ソフィアの血を融合体の体に少しなじませた。すると、何十体にいくつか生き残る個体が生まれたのである。今まで、腐るしかなかった生き物が動き出す。人魔とならずに黒い目でケテレツを親のように見つめるのである。ケテレツは狂喜した。ケテレツは、ますます、新たな生き物を作り出すことに専念しはじめた。しかし、それにはソフィアの血が必要であった。理由は分からぬが、ソフィアの血が触媒となって魔物と人をつないでいるのである。ケテレツはソフィアにこびた。

「あなた様の血を分けてくだされ……」

ソフィアはケテレツを見下した。

赤い瞳でケテレツを見下す。

「では、私の僕となれ」

「私は、あなた様の僕でございます」

それは誘惑なのか、はたまた、ケテレツの単なる知的好奇心なのか分からない。


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