第149話 み・みずをくれ・・・(5)

 寺の食堂で机を挟みガンエンと権蔵が話していた。

 暖炉の火が、二人を赤々と照らしている。


 昔のことを思い出す権蔵とガンエン。

 第7の駐屯地ではエメラルダにたびたび助けられたことを思い出す。


「エメラルダ様やお前には、よくこき使われたものじゃ」

「権蔵、それは違うぞ。お前ほど器用な奴は、他におらんかったからの」

「ワシにはワシの仕事があったんじゃぞ」

「お前は下手な軍医よりも助手が務まったからな。だから、エメラルダ様も何かあったら、すぐにお前を呼んでおったろうが」

「ワシは奴隷じゃぞ……」

「そんなこと関係ないわい。腕がいいか悪いかそれだけじゃ」


 戻ってきたビン子が、権蔵の横に黙って座った。

 汚れた服を着替えたのであろうか、ビン子もまた、浴衣に着替えていた。


 ビン子の様子を伺った権蔵は、不思議そうに尋ねた。

「ビン子。お前、風呂には入らなかったのか……」


 ビン子は黙ったまま、目を真っ赤にし不機嫌そうに頬を膨らませている。

 はぁ。

 まだ仲直りしておらんのかと言わんばかりに、権蔵は、ため息をつく。


 ほどなくして、タカトに手を引かれたエメラルダが食堂に現れた。

 ガンエンと権蔵の姿を見ると、タカトの背におびえるように隠れた。

 タカトはエメラルダの手を優しく握り、権蔵たちのテーブルへと誘った。

 タカトの背から出てこないエメラルダ。

 その姿に権蔵は、さっと立ち上がると、タカトたちに席を譲り、奥へと何かを取りに行った。

 エメラルダは、タカトに勧められるまま椅子に座るも、それでもガンエンから少しでも距離をとるかのように、対角線上の椅子の端に腰かけた。

 エメラルダの横にタカトが座る。

 そのタカトの横にビン子が座っている。


 ビン子とエメラルダは、同じコウエンの浴衣を着ている。

 かたや胸の襟がだぶついてたるんでいる。

 かたや片胸なのにもかかわらず、浴衣の襟がきれいに閉じない。

 こうも違うものなのかと、交互に見比べるタカトであった。


 そんな両手に花の状態のタカトではあったが、片方の花はうつむき震えている。

 もう片方の花はなぜだかわからないが、ほほを膨らませてぷいっと横を向いている。


「何怒ってんだよ」

「別に……」


 さっき仲直りしたはずなのに……なんで?


 不思議に思うタカトをよそに、奥から戻ってきた権蔵が、エメラルダの前に一つのお椀を差し出した。


「これでも召し上がってくだされ」


 お椀の中には、温かい雑穀のスープが湯気を立てている。

 しかし、エメラルダは、権蔵の低い声を聞くとビクッと身を硬直させ、タカトの手を強く握りしめて動かない。


「私たちは向こうに行きますので、安心して召し上がってください」


 ガンエンは席を立つと権蔵の肩をそっとたたき部屋を出た。

 権蔵もまた、エメラルダの変わりようにつらそうに目頭をおさえ、出ていった。


 取り残されたタカトは、どうしたものかと、背を丸め、ぼーっと何もない暗い部屋の壁を眺めていた。


 ゆっくりとエメラルダの前のスプーンが動いた。

 震えるスプーンからスープがポタポタとこぼれ落ちる。


 桜の花びらのようなピンクの美しい唇が、ゆっくりとスプーンの先に触れる。

 突然込み上げてくる涙。暗い部屋の中にエメラルダの嗚咽だけが響いた。


「おいしい……」


 男たちに弄ばれている間、食事など口にしたことがなかったエメラルダは、たかが雑穀のスープに涙を流した。


 その様子を机に肘をつきながらそっぽを向いていたビン子が、それとなくうかがっていた。


 暖炉の火がエメラルダの涙と顔の罪人の傷跡を照らす。



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