第153話 悲しみの先へ(3)

 無事に手術を終えたガンエンと権蔵。テーブルに座り、酒を飲みあっている。


「手術は無事成功したな」

「ガンエン、お主がいてくれてよかったわい……」

「まぁ、わしは、普通の手術をしただけじゃがな……」

「あぁ、しかし、驚いた。タカトにあそこまでの才能があるとは……」

「ワシは医者だからよくわからんが、今回の手術で用いた融合加工はそんなにすごいことだったのか?」


 ガンエンは不思議そうに尋ねる。


「あぁすごい。天才の世代と言われる2.5世代の技術にまったく劣らない、いやそれとはことなる融合加工技術だ」

「俗にいう第三世代とは違うのか?」

「全く違う。第三世代は人体と魔物組織の完全融合じゃ。触媒がないのでここでは絶対行うことができん。これに対してあいつがしたのは、技術そのものは、わしが教えた第一世代のものじゃ」


 湯呑を持つ権蔵の手が震えている。

 先ほどまでの手術を思い出しているかのように、その湯呑を凝視しし続けた。


「ほう」

 ガンエンは、そんな権蔵をちらりと伺う。


「あいつは乳に異常に興味を持っているからの……たぶん、医者であるお前以上に知り尽くしているのかもしれん」

「と言うと?」

「融合加工技術で神経に至るまで再現しているんじゃ」

「それは、いいではないか」

「感覚の再生を第一世代の技術でやってしまうんじゃ。簡単にいえば再生加工と言ってもいいかもしれない。それがどれだけすごいことか……」

「しかし、体内に魔物組織があれば人魔症を発症するのではないか?」

「その問題は、タマの体を使って見事に解決しておる」

「あぁ、あれか、確か人体との接合部は、魔抜きした魔物組織、それ以外の魔物組織は、タマの塊の中に入れて接合したやつじゃな」

「そうじゃ、人体に魔の生気が回らないようにしておるのじゃ。おそらく、エメラルダ様は、魔物組織が胸にあるのにもかかわらず、自分の胸が再生されたような感覚を覚えるじゃろ……」


 そこに目が覚めたミーアが浴衣を身にまといゆっくりと現れる。

 まだ本調子ではないのであろう、足元がおぼつかず、すり足で歩いて来る。


 ミーアに目をやるガンエンと権蔵。

 しかし、何も話しかけない。

 ミーアが頭を下げた。


「助けてくれてすまない」


 権蔵は目を合わさず、湯呑に口をつける。

「かなり知能が高いとみるが、一体、何人食べた」


 ミーアは答えない。


「エメラルダ様を助けてくれた恩人に無粋なことを聞くな」

 ガンエンは権蔵に対し静かに諭す。


 そして、ガンエンは、ミーアを冷たい目でらみつける。

「ただ、こっちで人を食えば、我らも見過ごせんぞ」


「わかっている」

 ミーアはただ小さく答えた。


 ミーアはおぼつかない足で、食堂を後にする。

 壁に手をやり、体を支える。

 ミーアの丸まった背中がゆっくりと処置室へと向かい小さくなっていく。


 手術が終わった処置室のエメラルダは、まだ、麻酔がきいているのか、ゆっくりと寝息を立てている。

 そのベッドの横で、エメラルダの寝顔を優しく見つめているタカトが、椅子に腰を下ろしていた。

 ミーアは痛む体をゆっくりと動かし部屋の中へと入っていくと、エメラルダの様子を伺った。

 ベッドに横たわるエメラルダの顔と胸には、ぎっしりと包帯がまかれていた。

 おそらく、胸と同時に、顔の罪人の刻印も取り除いたようである。


「治るのか?」

「あぁ……」

 エメラルダから目を離さず、優しく手を握っているタカトは小さくうなずいた。

 一瞬、そんなミーアの鼻に嫌悪の匂いがかすめた。

 消毒液? それとも、薬の匂いか?

 いや……これは……

 憎きアダムの匂い……魔物を魔物たる姿にした張本人の匂いだ。

 その匂いがなぜ、この部屋から?

 いや、おそらくこの男から……

 ミーアは憎悪の瞳でタカトを睨み付けた。


 だが、そこには窓から差し込む月あかりに照らし出されたタカトの優しい瞳。

 安らかに眠るエメラルダを包み込むかのような笑顔は美しかった。

 その笑顔にミーアは一瞬、心を奪われた。

 先ほどまで浮かんでいた憎しみの色は消え去り、いつしか瞳には自然と涙があふれだす。

 ミーアの瞳もまた窓から差し込む月あかりに煌めきはじめていた。


「よかった……」


 そう呟くミーアはいつまでもタカトの横顔を静かに眺め続けていた。


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