第156話 借金取りの少女(1)

 タカトとビン子と権蔵は、容態がよくなったエメラルダを万命寺に預け、自宅である道具屋に戻ってきていた。

 突然のエメラルダの来訪にあわて、宿舎に納める道具の生産が間に合っていなかったのである。

 納期に追われるタカト権蔵。

 無言で槌をふる二人には、何か殺気立ったものが漂っていた。


 道具屋の入り口から声が聞こえる。

「ごめんください……」

 女の声のようである。


 咄嗟に頭をあげたタカトが、金づちを横に置き、さっと立ち上がる。

 そんなタカトを権蔵は目で威嚇する。

 ――サボるなよ……

 そういっているように見えた。

 タカトは、口を引きつらせるも、無言で、すごすごと入り口に向かう。


 入り口のドアから見える鮮やかな緑を背に、ボブの黒髪で、メガネ姿の可憐な少女が立っていた。

 暗い部屋の中から望むその姿は、さながら一枚の美しい絵画のようであった。

 題名をつけるとするならば、緑の光にたたずむ一人の少女と言ったところか。


 ――うひょぉぉ! 可愛い女の子!


 タカトの疲れは一瞬で吹っ飛んだ。

 入り口に向かうタカトの足は、その足を速める。


 しかし、入り口が、緑の景色を広げていくにつれ、その額縁の中に、怪しげな物が写り込んできた。

 ――変態!?

 タカトの足が一瞬止まる。

 しかし、その様子が気になる。いや、気にならない方がおかしいのである。

 恐る恐る足を進めるタカト。


 そこには、なぜか頭から紙袋をすっぽり被って、エプロンを身にまとった男がいた。

 しかも、男は裸姿にエプロンである。いうなれば、裸エプロン。

 これが女であれば、よだれものであるが、その対象は男である。

 しかも、その男の体は、筋肉隆々で、傷だらけである。

 とても近寄れない。

 筋肉から発せられるであろう力の面でも近づくのが怖いのであるが、その容貌もとても怖い……

 タカトの足がピタリと止まった。


「こんにちは」

 可憐な少女は、そんなタカトを見るとにっこりと微笑み、深々と頭を下げた。


「……こんにちは」

 おそるおそる挨拶をするタカト

 しかし、すでに、逃げ腰である。


「権蔵さんはいらっしゃいますでしょうか」

 可憐な少女は、微笑みながら丁寧に尋ねた。


 ――俺にじゃないのか……

 ホッとしたタカトは、部屋の奥を振り返り、大きな声で叫んだ。


「じいちゃん、客だぞ!」


 オウと言う返事のあと、しばらくしてから、部屋の奥から権蔵が姿を現した。

 汚れた手を手拭いで拭きながら、面倒くさそうに出てくる。

「この忙しい時に、いったい誰じゃ……」

 ぶつくさと愚痴を言っているのが、丸聞こえである。


 しかし、その権蔵の顔色がとっさに変わった。

 可憐な少女のにこやかな微笑みに、たじろぐ。

 いつもどっしりと構えている権蔵が、落ち着きなくおどおどとしている。

 そんな権蔵を初めて見たタカトは、少女と権蔵をたがいに見比べていた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る