第155話 悲しみの先へ(5)

「大丈夫そうだね……」

 そんな言葉を言い終わる前に、エメラルダはタカトに飛びついた。


「ありがとう……ありがとう……」

 涙で震えるエメラルダは、タカトの腰にすがりつき、何度も何度も感謝した。

 いっこうに離れようとしないエメラルダを落ち着かせるかのようにタカトは、エメラルダの肩をゆっくりと押した。

「わかった。わかった」


 押されるままにベッドの上に上体を戻したエメラルダは、両手で涙をぬぐう。


「元気になってよかった」

 そんなエメラルダを見ながら微笑むタカト。

 しかし、咄嗟に何かを思い出したようである。


「あっ、いうの忘れてた、エメラルダさん! おっぱいもませて」

 深々と頭を下げて、両手を突き出すタカト。

 意表を突かれた出来事に、すぐ側にいたミーアとビン子が、固まった。

 咄嗟に我を取り戻したビン子が、ハリセンを振り上げる。

 そう、ここぞとばかりに振り上げる。


 しかし、エメラルダから意外な言葉が発せられた。


「どうぞ……」


 ビン子の渾身の力をためたハリセンがタカトの頭に振り下ろされようとした直前の事であった。

 ビタリと動きを止めるハリセン。

 しかし、勢いの止まらぬハリセンの先端が、しなりながらタカトの髪をかすめていく。


 浴衣の襟を持ち、胸をはだけさせるエメラルダ。

 エメラルダの上半身から、たわわな両胸が躍り出してきた。


「えっ!」

 ハリセンを止めたビン子の時間が完全に止まっていた。


「えっ……」

 頭を下げていたタカトも、なぜか動けない。

 目の前にお宝があるのにも関わらず、突き出した手も微動だにしない。

 この状況が理解できないタカトの頭から汗がにじみ出してきた。

 その汗は、頭をあげることができずに固まっているタカトの額を通り、鼻から足元へとポトリと垂れおちた。


「えっ、検査では?」

 不思議そうに頭を下げるタカトを見るエメラルダ。


「いや、こいつのはただの欲望ですから……」

 ビン子は恥ずかしそうに、ハリセンの先で、うつむき顔をあげられないタカトの頭をつついた。


「そうなの……でも、タカトくんなら、別にいいわよ」

 エメラルダはにこやかに微笑む。


 顔をあげられないタカトの顔面がみるみると赤くなっていく。

 今や顔じゅうから発せられる汗の量も、どんどんと多くなっていく。

 いつの間にか、足元には大きな汗の水たまりができていた。


「あぁ、そうだった、権蔵じいちゃんに頼まれてたことがあったんだ」

 タカトは、咄嗟に顔をあげ、慌てふためきながら部屋からとび出していく。


 ミーアとエメラルダは、それを見て笑う。

 怒り心頭なビン子は、ハリセンを手でベシベシと打ちつけていた。


「なぜタカトは大丈夫なの?」

 ミーアは笑いながらエメラルダに尋ねた。

 エメラルダは、やっとのことで、権蔵とガンエンと普通にしゃべれるようになっていた。しかし、その二人にでさえ、体に触れられると体がこわばり、硬直し、震えが沸き起こってくる。


「そうね、触っていると逆に落ち着くの。男の人は怖いのに、変でしょう」

 エメラルダはベッドの上でほほ笑んだ。

 窓から差し込む優しい日差しは、エメラルダの白い頬に、元気な紅を映し出す。

 窓に置かれた花々が、その紅に明るい色を添えていく。


 客間の窓から、女たちの色とりどりな笑い声が溢れていた。

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