第113話 凋落のエメラルダ(5)
その様子を周りの人影の中から見ていたアルテラが、とっさに輪の中に分けいった。
うつむいたアルテラは、怒りに肩を震わせながらジャックの前まで突き進む。
そして、ジャックの前で顔をあげると、思いっきりジャックをひっぱたいた。
アルテラの黒い瞳は、涙でいっぱいになっていた。
「なんだ! このガキ……ぃ……」
咄嗟のことにびっくりしたジャックが頬をおさえる。
しかし目の前にいるのがアルテラであると分かった瞬間、すぐさま、膝をつき頭を垂れた。
「何をしている!」
涙を流しながら叫ぶアルテラ。
「奴隷である半魔が怪しい動きをしておりましたので、取り調べをしておりましたところ、豹変して襲ってきまして、周囲への被害を最小限におさえるために切り伏せた次第でございます」
頭を下げたジャックは、静かにアルテラに報告する。
先ほどまでのジャックとは異なり、その振る舞いは、まさに騎士のように見えた。
「ここにおる者たちが証人でございます。みな私の言うことは間違いないよな」
ジャックは、顔をあげ、周囲の男たちに同意を求めた。
「……はい」
小さくうなずく周りの男たち。
ジャックの豹変ぶりに驚いた男たちは、目の前にいるのが宰相で第一の騎士の娘であるとは分からなくても、アルテラの剣幕に押されていた。
「嘘をつくな。見ておったぞ」
叫ぶアルテラ。
いつの間に現れたのであろうか、セレスティーノが、アルテラの肩を背後からそっとつかんだ。
びっくりしたアルテラは後ろを振り返る。
その手がセレスティーノであると分かると、アルテラの潤んだ瞳は、助けを求めるかのようにセレスティーノの目を見つめた。
しかし、小さく首を振るセレスティーノ。
「なぜだ!」
アルテラは、セレスティーノに涙声で詰め寄る。
奴隷の命はとても軽い。ましてや、その奴隷が半魔であればなおのことである。神民であるジャックの言い分を覆すには、半魔一人の命では軽すぎた。たとえ、その殺害が恣意的なものであったとしても、誰も神民であるジャックを咎めることはできない。唯一、この場で咎めることが可能であったのは騎士であるセレスティーノただ一人であった。しかし、セレスティーノは、ジャックを罰しアルダインに逆らうことは避けたかった。なぜなら、目の前にいるアルテラを、いつか妻にめとり、自分の地位をさらに高めようと目論んでいたのであった。
セレスティーノは何も答えずジャックたちに命じた。
「もうよい、行け」
スクっと立ち上がったジャックは膝の土を払うと、男たちと笑いながら去っていった。
それを確認すると、人ごみの中から女たちが駆け込んできた。
女たちは連れ込み宿の仲間であった。
泣きながらメルアを抱きかかえる。
アルテラが泣きながら、頭を下げる。
「まさか、このようなことになるとは思わなかった。もう少し早く止めていれば、すまない」
メルアを抱きかかえながら泣く女たちは、そんなアルテラに吐き捨てる。
「私たちはいつもおなじ。神様からさえも見捨てらる!」
「メルアは今日をどれだけ楽しみにしていたことか、あんたに分かるのかい!」
女の一人が割れた箱から飛び散った破片を泣きながら拾いあつめている。
その破片を何かの紋章が入ったハンカチに包む。
その模様はエウア教の紋章であった。
融合国において融合の神に逆らう異端の宗教の紋章である。
そのため、守備兵たちは、その摘発にやっきになっていたのである。
本来は人目にはさらさず、秘匿しておかなければならない紋章。
しかし、メルアの死に女たちも気が動転していたのであろう。
それに気が付かない女は、飛び散った破片を一つ一つ大切そうに、そのハンカチに包んでいく。
「少ないお金をやりくりして、せっかっくおそろいのおちょこを作ってもらったのに」
「おちょこを買いに街まできてしまったのがいけないっていうの!」
アルテラは何も言えずに下を向き泣いていた。
ライトグリーンの髪がかすかに震えている。
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