第163話 赤き目の謀略(5)
吐き気を催すほどの血なまぐさい臭いを噴霧し続けていた赤き噴水群は、波紋が伝播していくかのように次第にその勢いを弱めていった。
ショーの終焉を迎えたかのように、もう、新たな噴水は湧き起らない。
おそらくすべての人魔の首は赤の魔装騎兵によって刈り取られたのであろう。
その鮮烈な赤き祭りの後は、先ほどまでの喧騒と打って変わって、水を打ったように静まり返る。
広場にいる人々は、膝をつき、己の赤く染まった手を見つめながら、後悔する。
しかし、今更後悔したところで、どうにもならない。後の祭りである。
ただただ、どうしてこうなったのか……
嗚咽と鳴き声が広場を埋める。
突然、葬式のように静まり返る広場に向けて、怒涛のように迫りくる足音がこだまする。
数十人、いや、それ以上もの守備兵たちがどっとなだれ込んできた。
網の中の魚を追い込むかのように、四方八方から駆け込んでくる。
まるで、ことが起きることを知っていたかのように、通常ではありえないほどの多くの守備兵たちが我先にと獲物の中へと飛び込んだ。
守備兵たちは、赤く染まった人々を手あたりしだいに檻の中へと放り込む。
軍馬に連結された大きな檻が次々と一杯になっていく。
腕を伸ばそうものなら、折れてしまいそうなほど詰められた。
檻に肉が食い込んで、猫すら入る余地がなくなると、その扉が閉めらる。
しかし、守備兵たちが扉を押し込むも、肉のバネで押し返された。
二人がかりで押し込む隙に、別の守備兵がやっとのことで扉を閉じた。
悲痛な悲鳴を上げる檻が馬に引かれて揺れていく。
その肉が詰まった檻と入れ替わるように、また、スッキリとした空の檻がその場にちょこんと据えられた。
人々の悲鳴は、広場の空気を震わせた。
人魔の後は、今度は守備兵。
訳が分からぬ人々は、喉を切り裂くような声をあげ、蜘蛛の子の如く逃げ惑う。
守備兵の腕が、女の髪をつかみ取る。
髪を引かれ、引きつる女の顔面は、おびえた犬のような目で訴える。
いやっぁ! いやっぁ! はなしてぇっ!
おそらくだれも帰ってこないという人魔収容所に連れていかれてしまうのだろう。
女は本能的にそれを悟った。
守備兵の腕をつかんで抵抗する。体を振って抵抗する。
女の髪は、ブチブチと嫌な音を立てながら、根元から抜けていく。
髪の束を失った女は、守備兵の力から解放されると、額から血を流し這うように逃げだした。
腰が抜けて立つことができない女は、それでも逃げる。
しかし、守備兵の腕が女の首を絡めとる。
羽交い締めにされ、引きずられていく女の足から靴が外れ落ち、石畳の上に一つぽつんと取り残された。
人魔チェックは?
人魔症と決まったわけでないのになぜ?
人魔抑制剤飲んでいるじゃない……
どうして……
人々は逃げ場を求めて駆け回る。
守備兵たちは、有無を言わさず、片っ端から捕まえていく。
人々の流れは、流れ出る先を失い、逆流し始めた。
神民街へと通じる城門へと流れが変わる。
慌てた城門の守備兵たちが急いで門を閉じようとするが、驚き戸惑うニワトリのように、手がバタバタと言うことを聞かない。
何を思ったのか、守備兵は門を体で抑え込む。しかし、激流の流れは強かった。
混乱した人々は門をこじ開け、まるで牛の群れのように神民街へと流れ込んでいった。
カルロスの前に守備兵が立ちふさがる。
カルロスはビン子とタカトを背に回す。
「その革袋をエメラルダ様に……頼む」
その瞬間、守備兵の体が宙を舞う。
激しく地面に叩きつけられた守備兵の体。
その様子を見た、多くの守備兵たちが、応援に駆けつけた。
カルロスは叫ぶ。
「早く行け!」
後ろ手にタカトの背中を強くおす。
よろめくタカトは皮袋を抱きしめて、カルロスの大きな背中を仰ぎ見る。
ビン子は、状況が理解できない様子でオロオロしていた。
「頼む! それをエメラルダ様に!」
カルロスは、大きく手を広げ、近づく守備兵たちの前に立ちふさがった。
その悲しげな大声にタカトは、ビン子の手を引き走り出す。
「カルロスさんは!」
ビン子は叫ぶ。
タカトは、無言でビン子の手を引っぱった。
「カルロスさん! カルロスさん!」
離れ行くビン子は、小さくなるカルロスに叫び続けた。
それでも、タカトは振り返ることもなく、ただ前だけを見て走り続けた。
前から迫りくる人の波。
それは、タカトに悲しい過去を思い出させた。
まるで、魔人から逃げる母ナヅナのようであった。
振り返ったらダメだ!
ただ前のみをみて走り続けた。
タカトもまた、涙を後ろへと流し落とした。
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