第164話 赤き目の謀略(6)

 皮袋を胸に抱き人ごみを走り抜けるタカトは、ビン子の手を離すまいと必死に強く握りしめていた。

 次々と押し寄せてくる人の荒波をかき分けて、ひたすら走った。

 とにかく走った。

 息が続く限り、懸命に走りぬけた。


 気づいた時には、万命寺の近くの森の中であった。

 膝に手をやり、肩で息をする。

 二人の口からは、荒く激しい空気を吐き出す音以外、何も発せられなかった。

 カルロスの事がどうなったのか、二人は何もしゃべらない。

 いや、しゃべることができなかった。

 ここでその言葉を発すると、足が震え、ここから動けなくなってしまう。

 二人は込み上げる悲しみをぐっとこらえて手を繋ぎ、とぼとぼと万命寺へと足を向けた。


 エメラルダは、天馬の黄金弓が入った皮袋を強く抱きしめ泣き崩れていた。

「どうして……」

 ボロボロと涙が皮袋をつたって落ちていく。


 タカトとビン子はうつむいたままであった。

 混乱するタカトの口は、事態をうまく説明しようとしてもうまく説明できないでいた。


 突然、人魔が一杯わあーって現れて……

 赤い魔装騎兵が首をブシャブシャって斬って……

 どばぁどばぁーっと魔血が噴き出して……

 俺たちを守るためにカルロスさんが魔血をかぶって……

 守備兵たちに連れていかれて……

 おそらく人魔収容所だと思う……


 側にいた権蔵とガンエンは、タカトが言っている意味がよく分からなかった。

 どうして突然、人魔が大量に出てくるのだ?

 どうして赤の魔装騎兵が人混みの中で剣を振るわにゃならんのだ?

 しかし、何やら大変なことが起こって、カルロスが人魔収容所に連れていかれたことだけは確からしい。


 ミーアがエメラルダを優しく抱き起す。

 そして、落ち着かせようと客間へと連れていこうとした。


 権蔵が声をかける。

「エメラルダさま、その黄金弓を見せていただけませんか」


 エメラルダは、手で涙をぬぐい

 皮袋を差し出した。

 権蔵の手が伸びる。

 皮袋が小さく震えた。


 権蔵が皮袋を開け、中から黄金弓を取り出した。

 感嘆の声が漏れる。

 タカトもまた、その黄金弓に目を奪われた。

 薄情ものの、もとい、道具フェチのタカトの頭の中はあっという間に黄金弓で占領される。つい先ほどまで悲しみに暮れていたはずのカルロスの存在は、隅に追いやられてしまった。


 権蔵がまじまじと黄金弓を観察する。

「しっかり見たのは初めてじゃが、やはりな……」


 タカトは不思議そうに権蔵に尋ねた

「どうしたんだよ、じいちゃん」

「いやぁ、以前見た時から思っていたんじゃが、この黄金弓は生きておる」

「はぁ?じいちゃん、ついにボケたか……この年で介護かよ……」


 タカトは権蔵の介護のために何が必要なのだろうかと考えだした。

 真っ先に考えたのはオムツである。

 オムツをはいて指をくわえる権蔵。

 とたんにタカトは噴き出した。

 いやいや、実際の介護はそんなんじゃないからなタカト君!と作者は声を大にして突っ込みたい。


「このドアホ! この黄金弓をよく見てみい!」

 権蔵はタカトをにらみつけると黄金弓をタカトの前に突き出した。

 かすかに脈打つ黄金弓


「何これ? 生きてんの?」

 タカトもボケてしまったのか、いや、本来、道具である弓が生き物のように脈打という事があるのだろうか? しかし、現実に、今、目の前で脈を打っているのである。


「これをどうやって手に入れたのですか……」

 権蔵はエメラルダに尋ねようとした。

 しかし、今のエメラルダはカルロスのことで頭がいっぱいになって、それどころではないようであった。

 口を閉じる権蔵。


 そして、権蔵は意を決したかのようにエメラルダに提案した。

「この黄金弓は武具としてはすばらしいのですが、血液の消費量が多すぎます。騎士の時ならいざ知らず、今のエメラルダ様には使えないでしょう。この黄金弓を仮死状態にすれば、威力はかなり落ちますが、今のエメラダ様にも使えるようになります。いかがいたしますか? すこしでも御身を守られる武器があった方がいいと思うのですが」


「お願いします」

 やっとの思いで、エメラルダは震える小さな声で、つぶやいた。

 そして、ミーアの肩につかまりながら奥の客間へと消えていった。

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