第二章 誰がための光

第205話 苦肉の策(1)

 見渡す限り砂・砂・砂

 吹き荒ぶ砂塵が、太陽の光を遮る。

 ここは、第七の騎士の門内。

 砂漠の世界である。


 神民街での人魔の大量発生により、第七神民街は、壊滅的な被害を受けていた。

 神民街に居住する神民たちが、人魔に襲われたのである。

 噛まれ、噛みちぎられた神民たちの体には、大量の魔の生気が流れ込む。たちどころに、次々と人魔症を発症していった。

 この神民の減少で騎士の門内における聖人国フィールドの境界が後退した。

 もう既に、駐屯地の城壁から手を伸ばせば、その境界である。

 神民が、あと数人死ねば、駐屯地は完全に魔神国のフィールドに取り込まれるだろう。

 もはや、それは時間の問題かと思われた。


 駐屯地内の広場で腕立てをしている上半身裸の男がいた。

 すらっとした身長のわり、均整の取れた筋肉。まさに、剣士といった雰囲気である。

 そう、この男、第七の騎士、一之祐その人であった。

 長い黒髪を束ねた頭が作るその影には、大量の水たまりができていた。

 一体、この状況下で、何回、腕立てをしていたと言うのであろうか。


 神民兵がひざまずき、腕立てを続ける一之祐にたずねる。

「キーストーンを後退させますか?」

「武士たるもの敵に背を向けることなどありえん」

「では、いかがするのですか?このままでは、駐屯地は魔人国のフィールドに取り込まれます。魔人国の第7の騎士ハトネンが来れば、手も出なくなってしまいます。早急に撤退のご判断を」

 何も答えない一之祐は、一心に腕立てをし続けた。


 ここ第7駐屯地は以前に権蔵とガンエンが兵役の任についていた。そのためなのか、今現在としても、駐屯地の一般兵には万命寺の僧たちが、多く参加している。

 万命寺の僧たちはガンエンの指導のもと、万命拳を極めた者たちだ。

 その中のコウケン、コウセン、コウテンの三兄弟がいた。

 三兄弟はコウエンの実の兄たちであり、万命寺の師範代である。まさに、万命寺の精鋭中の精鋭であった。若い三人は、すでに力と言う点においてはガンエンを超えているかもしれない。

 長兄のコウケンは、細身ながらもしっかりとした体格で、利発そうな顔立ちをしている。次兄のコウセンは、兄弟の中でも一番体格が大きく粗暴な風貌をしていた。言葉もあらく、尊敬という言葉と無縁であったが、その風貌とは裏腹に心根は優しい男である。末弟のコウテンは、体が一番小さい。顔も少々幼顔で、体全体から甘さというか、甘えがにじみ出ていた。

 ただ、この三人、やはり若い、若すぎるのだ……


 大きなため息をついたコウケンは、一之祐の傍らで膝まづく神民兵の後ろで腕を組む。

「せめて神民兵たちだけでも内地へ戻したらいかがですか」

 これ以上、神民が死ねば聖人国のフィールドの後退は早まる。ならば、駐屯地内の神民兵がいなくなれば、死ぬこともない。実に安直な考えである。

 しかし、戦いから逃げることを良しとしない一之祐は、その提案を即座に拒んだ。

「ダメだ! 武士たるもの、逃げてどうする!」

 ならばとコウケンは代替案を提示する。

「それならば、神民兵を第五の騎士の門への援軍に向かわせてはいかがでしょうか?撤退ではなく援軍として」


 内地の神民兵は人魔狩りにすべて駆り出されている。駐屯地内の神民兵もおいそれと騎士の門内へは動かせまい。

 しかし、第五の騎士の門、第七の騎士の門もともに人魔の大量発生およびその襲撃による神民減少の被害は甚大である。


 では、なぜ、コウケンは、神民兵を第5の門へ向かわせるように提案したのであろうか。

 第7の駐屯地から騎士の門へと向かう出口の前には、神民魔人の群れが見て取れた。

 どうやら、キーストーンを守るために、駐屯地を廃棄して騎士の門近くへと撤退するのを待ち構えているようである。

 駐屯地が、魔人フィールドに取り込まれるのは時間の問題。

 さすれば、聖人国フィールドが存在するうちに、騎士の門近くへと撤退すれば、援軍の見込みもあろう。

 しかし、当然、魔人国側もそれを想定して、兵を配置した。

 しかも、神民魔人の精鋭部隊を。

 撤退できたとしても、激戦による消耗は避けて通れない。

 お互いの神民の消耗戦である。

 ただ、初めから神民数のおとる融合国では、この消耗戦はかなりきつい。

 そして、コウケンには、この状況は第5駐屯地も同じであろうと容易に予想できていた。


 一之祐は腕立てをやめ立ち上がると、手拭いで顔を拭いた。その様相はさわやかな好青年と言ったところか。

「第五の駐屯地に送ってどうする。神民スキルの『限界突破』も使えんぞ」

「構いません。要は、敵の背後をつければいいのです」

「ほう、それでは我が神民部隊にも被害が出そうだな」

「大丈夫だと思いますよ。ちょっと背後をつき、すぐに撤退、おそらく、統制のとれてない魔人部隊は思い思いに攻撃し始めるでしょう。さすれば、敵部隊は2隊に別れます。第五の神民兵であれば、残った敵部隊は殲滅可能でしょう」

「わが部隊はどうする」

「そのまま内地へと駆け込みます」

「逃げてどうする!」

「逃げるのではありません。戦略的撤退、おとりです」

「おとりとな?」

「第五の神民街には、人魔掃討部隊が多く展開しているはずです。そのまま内地まで引きずり込めば、袋叩きは間違いなしです」

「うむ……なんか、うまく乗せられているような気がするのだが……」

「そんなことはありません。第七の神民兵の一団が動くことで、おとりの効果が出るのです。決して逃げではありません。それどころか、第7と第5の両駐屯地を守るという険しい任務でございます」

「わかった。コウケン。今回はお前の弁にのってやる」

「ありがとうございます」








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