第438話 空腹の獣(1)

 まゆの中から、ソフィアの美しき顔がゆっくりと現れた。

 その表情は、まさにソフィアそのもの。

 ただ一点、目が緑ではなく、赤いことを除けば、確かにソフィアなのだ。

 ――あぁ、間違いないソフィアだ。

 ディシウスの目から涙がとめどもなく流れ落ちる。

 緑の液体の中に一糸まとわぬ裸体のソフィアが浮いていた。

 だが、その体は到底、魔人の体とは思えなかった。

 どちらかというと人間。

 いや、人間そのもの。

 マリアナが人間のような体を有していたからなのだろうか。

 ということは、マリアナの体にソフィアの顔がのっているという状態。

 ――ソフィア……?

 ディシウスは混乱した。

 表情はソフィアであることは間違いない。

 だが、体は人間、いや、マリアナなのだ。

 ということは、これはソフィアなのか?

 それともマリアナなのか?

 いや、まったくの別のなるものなのか?

 その個体を認識するにあたり、何をもって特定すればいいのであろうか?


 だが、ディシウスは頭を切り替えた。

 体の状態が元の魔人のものでなくとも、そこにソフィアという存在が居れば、それは間違いなくソフィアなのだ。

 魔人の体を失っているということは、魔人の力も失っているのではないだろうか。

 ということは、二度と、荒神を払わされることもないだろう。

 ならば、もう、二度とソフィアを失うこともないではないか。

 体がどうだということは、些末なことでしかない。


 カプセルの周りに、魔人たちが集まり始めた。

 ヨメルの手伝いをしている研究員の魔人たちだ。

 ソフィアとマリアナの融合実験の成功に歓喜の声を上げている。

 これで、魔人と神の融合に一つの光明が見えた。

 魔人国の戦いはこれで有利になることは間違いない。

 魔人たちは、思い思いに肩をたたきあい、喜んだ。

 しかし、次の瞬間、悲鳴が上がる。

 一人の魔人の首から、血が噴き出してた。

 同僚の魔人が、その首に嚙みつき肉を食いはがしていたのだ。


 一人の研究員が何かに操られるかのように椅子を頭上に掲げていた。

 そして、それを一気に振り下ろす。

 緑色の液体の入っていたカプセルが砕け散った。

 それに伴い、中に入っていた液体が、ソフィアともども流れ出す。

 床に転がる裸体のソフィア。

 そのソフィアがゆっくりと手をつき体を起こす。

「がああぁぁぁぁぁ!」

 ソフィアが口がまるで獣のような大きな叫び声をあげた。

 赤い目をしたソフィアが、目の前に転がる魔人に飛びついた。

 そして、その腹に歯を立てると、力いっぱいに食いちぎる。

 鮮血と悲鳴が辺り一面にまきちった。

 だが、周りの研究員は、それを静止するどころでなかった。

 先ほどまで一緒に喜びあっていた仲間が、次々と自分たちを襲ってくるのである。

 首をかまれ倒れる魔人。

 頭をつぶされ膝まづく魔人。

 そして、床に横たわる魔人たちに次々と食らいつくソフィア。

 四週間ぶりの食事にありつくさまは、まさに餓鬼。

 もう、辺り一面、地獄絵図。

 いつからココは餓鬼道におちたのだろうか……


 その様子を眺めるだけのディシウスは、訳がわからなかった。

 先ほどまでソフィアの復活を喜んでいたというのに。

 一体、この状況は何なんだ。

 というか、ソフィアは何をしているのだ……

 まさか、魔人たちのはらわたを食っているのか……

 いや、はらわただけでなく、肉を食っているのか……

 ディシウスは、ぼーっとする頭を力いっぱいに振った。

 これは夢だ。夢に違いない。

 どうして、ソフィアが魔人たちを食わないといけないのだ?

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