第137話 慰霊祭(6)9/16改稿

 荷馬車の上で抱き合うタカトとビン子。

 まどろっこしい二人の距離は、めでたく0距離となっていた。

 めでたし。めでたし。


 しかし、荷馬車は、ガメルめがけて一直線。


 馬は、ガメルの直前で避けるかのように方向を変える。

 ――このままではビン子が!

 タカトは、咄嗟にビン子を抱きかかえ、荷馬車から飛び降りた。

 石畳の上を転がる二人。

 しかし、タカトの貧弱の体は、少しでもビン子を傷つけまいと、必死で包み込んだ。

 ビン子の頭を包む左腕は、石に刻まれ赤く染まっていく。

 体を支える右腕は、痛みすら感じない。


 荷台は、振り子のように飛んでいく。

 アルテラめがけて棍棒を振り上げるガメルの足に、荷台が直撃した。


「何やつだ!」

 振り上げる手を止め、緑の双眸そうぼうがタカトたちをにらみつける。

 タカトは自分の運命を呪った。


 ――なんでこんなことになったのでしょう……


 ガメルの『凶虫の棍棒』が行く先を変える。

 石畳の上に倒れ込んでいるビン子めがけて振り下ろされる。


「ビン子!」

 痛みをこらえて剣を抜く。

 まだ動く! 右腕は折れていない!

 咄嗟にタカトが小剣を開血解放する。

 白い刀身が、闇夜に白く輝く線を引く。

 ビン子の前に飛び出したタカトは、左ひざをつき、頭の上で棍棒を受けとめる。


「ビン子に触るな!」

 俺は……母さんは守れなかった!

 今度は違う! 俺は守る! 守るんだ!

 どんなに我が身が傷つこうが、俺の目の前ではもう誰も傷つけさせはしない!


 しかし、タカトとガメルでは体格差がとんでもなく違う。

 ひ弱なタカトでは、ガメルの一撃を受けきれるものではない。

 そのまま、ぺっしゃんこ確定である。

 チーン!

 そんなの音が聞こえてきそうである。


 しかし、タカトは、ガメルの一撃を受け止めるとともに、万命拳『至恭至順』を使い、その力を左下へと受け流した。

 重い一撃は、その力の向きを変えたとしても、タカトの肩へと無慈悲にのしかかる。

 地につくタカト膝は、砕けたかと思うほどの痛みを発する。

 その痛みに顔をゆがめるタカト。

 必死に歯を食いしばり、耐え続ける。

 棍棒は、小剣の上に火花を散らし、その刃先から滑り出していった。


『凶虫の棍棒』が石畳を激しく砕き割る!


 しかし、砕けた石が、タカトを襲う。

 さすがに、その跳ね返る石までは避けきれない。

 タカトの額から血が流れ落ちた。


「ほほお、その小剣、結構な業もののようだな」

 ガメルが棍棒を持ち上げる。

 タカトの小剣は、権蔵によって直された際に、ダンクロールの牙と重ね融合されていた。そのため、その強度は、以前の小剣に比べると、段違いに上がっていたのである。


 膝まづくタカトはビン子を背に隠し、ガメルをにらみつける。

 ――今度は母さんの時とは違う!


「小僧。その眼、気に入ったぞ! そこの騎士もどきの女より楽しめそうだ」


 ガメルはタカトたちを取り囲む魔物たちに手を出すなと命令した。

 タカトとビン子を中心とした魔物たちの輪が広がっていく。


 立ち上がる二人。

 ゆっくりと間合いを詰めるガメル。


 後ずさるタカトとビン子。

 しかし、このままでは、二人とも犬死である。

 タカトは、ミズイの言葉を思い出していた。

 ――俺にはもう一つのスキルがあるじゃないか。

 そう、万気吸収である。

 体からあふれ出す生気があれば、魔人騎士相手と言えども、少しは耐えられるかもしれない。

 ――俺はできる子だ!

 タカトは、小剣を固く握りしめる。

 ――しかし、ビン子はどうなる。

 タカトは、後ろでおびえるビン子を心配した。


「なぁ、オッサン! 遊んでやるから、後ろのこいつは見逃してくれないか……」


 タカトはガメルに語り掛ける。

 無理を承知で頼んでみた。

 ビン子をちらっと見るガメル。


「戦いができぬ女には興味はない……」


 ガメルは棍棒を構えたまま、魔物たちに目配せをする。


「結構、話が通じるじゃないか、オッサン!」

「小僧……一つ聞くが……お前、オイルバーンなるものを知っているか?」

「オイルパンか?」

「いや……オイルパンではなくオイルバーンだ……」

「なんだそれ?」

「いやいい……今は、どうでもいい事だったな……さて! 約束を守れよ! 小僧!」


 タカトの背後の魔物たちの群れが二つに割れ、城壁が見えた。

 小剣をまっすぐに構えたタカトは、ガメルを見据えながらビン子につぶやく。


「ビン子……お前は、とにかく逃げろ……」

「でも……タカトは……」

「俺は大丈夫だ!……と思う……」


 なぜか今日のタカトは男らしい。

 何だろうこのタカトの自信は。

 今のタカトならもしかしたら……

 ビン子は小さくうなずくと城壁に向かって走り出した。


「待たせたな! オッサン! 約束通り俺が相手してやるよ!」

「それでは楽しもうか! 小僧!」

 ガメルが棍棒を振り上げ構えた。


「ちょっと待ったぁ!」


 タカトがガメルに手を出し、制止する。


「なんだと小僧!」


 ガメルから怒声が飛ぶ。


「あわてんな! オッサン! 今から俺がパワーアップしてやるからよ!」

「まだ、何かを隠しているのか!」


 棍を降ろし、しばらく様子をうかがうガメル。

 タカトは、両手を広げ大きく息を吸う。


「行くぜ! 万気吸収!」


 さらに大きく息を吸う。

 吐き出しては、また、大きく息を吸う。


「何をしておる?」


 やる気をくじかれたガメルが、怪訝そうにタカトに問いただす。


「分からないのか? 俺の生気は今満ち溢れているのだ!」

 タカトはさらに大きく息を吸う。


「燃え上がれ! 俺の生気よ! ハァァァァァ!」


 驚き何も言えないガメル。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る