第138話 慰霊祭(7)

 ――わはははは、驚いて何も言えないだろうが!


 タカトはさらに大きく息を吸い込む。


「お前……この状況下でよくがかませるものよ。それはそれで面白いがな!」

 ガメルが勢いよく棍棒を振り下ろす。


 ――えっ! ですと……


 咄嗟に棍棒を『至恭至順』でさけるタカト。

 嫌な予感がする。

 自分の小剣を確認する。

 全く変わっていない……


 ――あれ……生気があふれてくるんじゃないのですか?


 体のあちこちを確認するも、全く生気があふれ出している痕跡が見えない。


 ――あらら……これは……非常にまずいのではないでしょうか……


 棍棒を構え直すガメル。


「おじさま。少々お待ちくださいませ。何か手違いがございましたようでして……」

 スーハースーハ息をする。


「何が手違いだ! 約束通り戦え! 小僧!」

 棍棒を振り下ろす。


「びぇぇぇぇぇ! 神様!」

 タカトは、目をつぶり小剣をエイヤ!と突き出した。


 その刹那、ガメル後方の騎士の門より、小さな光が飛び出してきた。

 その光は、ガメルの顔の横をかすめ飛び去っていく。

 振り下ろされるガメルの棍棒


 目を開けるタカト

 なんとか無事生きているようである。

 ガメルは、目の前の光に一瞬、視界を奪われた。

 その光を反射的に避けるかのように身をよじる。

 結果、タカトへ振り下ろされた棍棒は、少し軌道がそれていた。

 タカトの右わきの石畳が、粉々に砕け、下の土がのぞいていた。


 ――ひっ!

 驚くタカトの心臓は、しばらく鼓動を打つことを忘れていたように思えた。


「よくも小僧! この俺に傷をつけてくれたな!」

 ガメルの怒声がタカトの内臓を揺さぶった。

 ――一体何のことでしょうか……

 割れた石畳を見つめていたタカトの視線は恐る恐るガメルへと向きを変えていく。

 もうすでに嫌な予感しかしない。


 タカトの目に映る素敵な光景。

 そこには、タカトの小剣がガメルの太ももに突き刺さっていたのだ。


 ついに弱小タカトが、魔人騎士相手に一撃をくらわしたのである。

 こんな誇らしいことはあるだろうか。いや決してない。

 そしてこれからもないだろう。

 だって……タカトの命が残っているとは思えないのだから……


 愛想笑いをするタカト

「これは事故ですよ……事故……」


 ガメルが棍棒を振り上げると、太ももから小剣が赤い血を引きながら抜け落ちた。


 小剣を手に勢いよく逃げ出すタカト


「小僧! 逃げるのか!」


「アホか! お前なんぞとまともに戦えるか!」


「お前に戦士としての誇りはないのか!」


「残念でしたぁ! 俺は戦士ではありませ~ん!」


 怒髪天のガメル。

 大きく棍棒を振りかぶる。

 そして、力強く足が踏み込まれた。

 踏み込む足で石畳にヒビが入る。


「三面六臂!」


 ガメルの連撃技がタカトめがけて繰り出される。

 逃げながら後ろを振り返るタカト。


 ――マズイ!


 身をひるがえし、1撃目で剣で受け止める。

 幸いなことに宙に浮いた体は、潰されることなく、そのまま棍に弾き飛ばされた。

 勢いよく後方にふき飛ぶタカト。


 城壁にしたたかに体を打ち付けられた。

 ――ガハッ!

 胃液が口から飛び出す。

 意識がもうろうとする。


 二撃目の棍棒が崩れ落ちたタカトめがけて振り下ろされる。

 ――よけないと……

 しかし、体は動かない。

 まるで、頭からの命令が届かぬかのように、全く動かない。

 振り下ろされる棍棒の動きが妙に遅く感じられる。

 視界がかすむ。

 かすみゆく視界にビン子との楽しき日々が走り抜けていく。

 ――ビン子は無事だろうか……

 徐々に消えゆく意識の中でタカトは願った。

 せめてビン子だけでもと。

 目の前に浮かぶビン子の笑顔

 その笑顔をかき分け、棍棒が落ちてくる。

 ――ほんと……俺って弱すぎるな……

 タカトの目の前は真っ暗になった。


「タカト様!」

 城門の陰から可憐な少女が飛び出そうとする。

 その少女の体をとっさに紙袋の裸エプロンの男が取り押さえる。


「お嬢ダメです! アルダインの目があります!」

「離して!」


 裸エプロンの男は、暴れる少女を、胸に抱きかかえて強く取り押さえる。


「離さんかい!このボケカスが!」

「今回だけはダメです! 我慢してくださいお嬢!」


 暴れる少女を、胸に抱きかかえ、神民街へと駆け戻る裸エプロンの男。


「タカト様ァァァァァッァ!」


 可憐な少女の叫び声が魔物たちの叫び声の中に消えていく。



 馬の尻を剣でついたオオボラは、そのまま駆けていた。

 魔物たちの群れを斬りつけて、道を作っていく。


 幸い、魔物たちはタカトとガメルとの戦いに興味をいだいているようであった。


 魔物たちの輪の中を走り回るタカト

 それを追いかけるガメル。

 騒ぐ魔物たち。


 オオボラは魔物を斬りつけると輪の中に飛びこんだ。

 そして、ションベンを漏らしへたり込んでいるアルテラを担ぎ上げる。

 そして、すぐさま来た道へと引き返す。

 魔物たちが、オオボラたちに襲い掛かる。

 その魔物たちを、次々とオオボラが切り伏せていく。

 こんなに強かったのかと感心するほど、いとも簡単に魔物たちを切り伏せていく。

 まぁ、よく考えれば万命寺で鍛えていたのであるから、当然ではあるか。


 しかし、走り抜けるオオボラは見てしまった。

 城壁に倒れかかっているタカトめがけて、ガメルの棍棒が落ちていくのを。


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