第279話 トイレのタカトさん(3)

 逃げればいいのに、欲を出すタカト。

 振り向きざまに、老人の体を足蹴にし始めた。

 ケンカには弱いタカト君だが、自分よりも明らかに弱い奴にはめちゃくちゃ強いのだ!

「どうだ! まいったか! ジジイ!」


 ションベンが飛び散るトイレの床で老人がうずくまりタカトに蹴られるのを必死で耐えていた。

 よほどその蹴りが痛かったのだろうか、先ほどから頭を抱えてブツブツつぶやいている。


 ――あれ?

 それを見たタカトは一瞬ビビッた。

 ――もしかして、俺ってこのじいちゃんの頭を蹴っちゃったとか? そのせいで、おじいちゃん、ボケちゃったみたいな……

 不安になった足は自然に止まっていた。

 ――イヤイヤ……最初からボケてたよね……絶対ボケてたよね……このおじいさん……だからきっと俺のせいじゃないって……たぶん……


 タカトの頭が、おじいさんの頭にそっと近づいた。

「もしも~し。生きてますかぁ~」

 どうやらタカトなりに申し訳ないと思ったのだろう。

 ひぃぃい!

 しかし、瞬間、タカトの顔が恐怖に引きつっていた。


 そこには、鬼のような形相のジジイが!

 先ほどまでのボケたタヌキのような表情ではなく、まるで嫉妬に狂った鬼婆! いや、鬼ジジイ!

 そう、タカトが頭を下げた瞬間、老人はぱっと顔を上げ、タカト襟首をつかみ上げていたのである。


 ジジイから噴き出る荒々しい鼻息がタカトの顔にバシバシと当たる。

 ――くせぇ~何食べてえんだよ……このジジイ!


「小僧……あれを作ったのはお前か……お前なのか……」

 どうやら、このジジイ! タマホイホイの事を聞いているのだろう。


「ああ、俺だよ! 悪いか! ジジイ!」

 ――でも、このジジイ、死んでなかったョ、マジでよかったぁ~

 まぁ、たしかに何をいっているのか分からないが、意識ははっきりしているから問題なしだろう。

 ならば、レッツ! アゲイン!

 タカトは、老人の詰め寄る頭にポコポコとげんこつを入れ始めた。

 だが、このジジイの顔、見覚えがある。

 タカトは鼻先数センチに詰め寄るジジイの目と見つめ合いながら、何とか思い出そうとしていた。


 ぽく! ぽく! ぽく! ぽく!

 タカトの拳がジジイの頭を殴り続ける。

 ぽく! ぽく! ぽく! ぽく!

 ――う~ん思い出せない。

 だが、そんなタカトはもう殴り疲れたようである。

 一休み! 一休み! IKK●さ~ん

 どんだけぇ~!


 ちーん!

 

 思い出した!

 このジジイ、先の研究棟で異様な生き物たちを引き連れて出てきた男だ。

 確か名前はケテレツ!


 だが、ケテレツは研究棟にいたはずではないのか?


 確かに、ケテレツはタカトたちを捕まえようと研究棟に行ったのだ。

 だが、そんな時に限ってなぜか来るんですよね。腹痛が……

 皆さんも覚えがありませんか。緊張しすぎて、お腹が痛くなっちゃうことって……


 ケテレツはソフィアの手前、気張って最前線に躍り出た。

 しかし、今までの人生で戦闘経験なんてものは全くありゃしない。

 ということで、カルロスやカレエーナ、もといピンクのオッサンの桁違いの強さを見れば、当然、金玉ひゅんと縮こまってしまいますわな。

 イテテテ……

 もう、すぐにお腹がキュンキュンと悲鳴を上げておりました。

 だからもう、戦闘の途中であるにもかかわらず、トイレに向かって猛ダッシュ!

 カルロスたちとの戦闘を差し置いて、トイレの中で別の異形のモノとバトルを繰り広げておりました。

 フンだけぇ~!


 ケテレツは、つかんだ襟首にさらに力を込めた。

「あの道具の中にある人と神の混合生気は、お前が作ったのか!」

 その目はまるで、鬼気迫るかのように血走っている。


 ――はて、何の事でありましょう?

 だが、タカトは頭をひねった。

 しょうがない、だってマジでこのジジイが言っていることが分からなかったのだ。

 おそらくタマホイホイの事を聞いているのは間違いない。

 間違いないのだが……タマホイホイの中身は、タカトのシコシコドビュッシーである。

 作るも何も、ムフフな本を読みながら、ただティッシュに向かって放出しただけなのだ。


 それを人と神の混合生気とは、一体いかなることでしょう?

 あれはセイキではなくてセイ●だ!

 アホか! そんなこと言わせるな!


 ――このジジイ……ボケとる! 絶対にボケとる!

 いや、お前の方がボケとるって……タカト……


 しかしタカトの体は、詰め寄るケテレツに押されて、次第に後ろに下がっていく。

 手洗い場まで押し込まれたタカトは、遂に、洗面台にお尻をつけて動けなくなった。

 ――ヤバイ! 何とかしなければ!

 このままでは、ボケたジジイ食べられる。

 いや、このままジジイが頭に血を上らせ続けていたら、脳の血管がプチっと切れてチーンとあの世に行ってしまいかねなないのだ。

 そうすれば、タカトは殺人者!

 女がいない刑務所に放り込まれることになる。

 そこはもう、オッパイではなく雄ッパイだらけの地獄のハーレム!

 な……何とかしなければ……

 

 タカトは、必死に何かないか周囲を探した。

 その時! その時である。

 何かをつかんだタカトの右手がケテレツの顔にピタリと覆いかぶさったのである。

 瞬間、ケテレツが悲鳴を上げた。

 ぎゃぁぁぁぁぁ!


「ははは、俺の必殺技ザ・ファースト! 汚物は消毒だヒャハー! は、どうだ!」

 そんなタカトの手のひらからは、大量の石鹸泡が垂れおちていた。


「貴様! よくも! よくも! こんなことをしてただで済むと思うなよ!」

 ケテレツは蛇口から勢いよく流れ出す水の柱の中に頭を突っ込みながら叫び声をあげた。

 

 だが、その声にタカトは反応すらしない。

 いやできなかったのだ。

 というのも、タカトはすでにトイレにいなかったである。

 ケテレツの逆襲を恐れたタカトは、パンツ一丁の姿で廊下へと飛び出していたのだった。

 「マジ、怖ぇよ、あのジジイ! あんなのとかかわらないのが一番! 一番!」



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