第280話 色あせた写真(1)

 ビン子はカルロス達の後を追いかけて走っていた。

 しかし、ビン子は何か違和感を感じた。

 後ろから、何も音がしないのである。

 先ほどまで、ビン子の後ろについてきていた奇妙な音。

 ピッタンピッタンという、へんちくりんな音がしなくなっていたのだ。

 ビン子は、嫌な予感を確かめるかのように後ろを振り向いた。


 ――いねぇよ!


 ビン子は唖然とした。

 ビン子の視界には、走ってきた廊下がただただまっすぐに伸びているだけだった。

 本来、そこにいなければいけないはずの物がない。

 ピッタンピッタンと足音を奏でる怪獣の着ぐるみを着たタカトがいなければいけないのに、そこには何もないのである。


「えっ⁉ タカトはどこ?」

 ビン子は立ち止まった。


 コウスケが、それに気づき一緒に動きを止めた。

「どうしたんですか? ビン子さん」

「タカトがいないの!」

「えぇぇぇぇえ!」

 コウスケもまた、何もない廊下を確認した。

 しかし、いくら探そうが、タカトの姿はどこにも見えない。

 また、アイツの事だ、どこかに隠れでもしたのだろう。

 一瞬、コウスケは、そんなことを考えたりもした。

 だが、ここは人魔収容所。

 そして今は、訳も分からぬ異形のモノに追われて走って逃げている最中なのだ。

 さすがに、こんな時にかくれんぼをするほどタカトもバカではなかろう。


 ビン子とコウスケは互いに、互いの顔を見合わせた。

 ……いや、アイツならやりかねない。

 ただ、ただ、おもろい。と言う理由だけで、やりかねない……

 まさか……

 その二人の顔は、この状況が冗談であってくれと真に願っているようであった。


 だが、やはりまぎれもない事実。

 ビン子は慌てて首を振る。

 現実の世界に自分を戻すかのように、勢いよく頭を振った。

 ぱん! ぱん!

 顔を二回、思いっきり叩くと、何か意を決したかのように、とっさにもと来た道を駆け戻りだした。


「ビン子さん! 待ってください!」

 それを追いかけるコウスケ。


 だが、進む廊下の先にある角の奥から、足音が徐々に近づいてくるのが聞こえてきた。

 先ほど、曲がり角から現れた守備兵たちの物であろう。

 コウスケは、ビン子の腕を掴むと近くの部屋のドアを開け、すかさず中へと飛び込んだ。

 コウスケは、ドアに張り付き身をひそめ、外の足音が遠のくのをじっと待った。

 コウスケが吐く息音に対して、その足音が小さくなっていくのが、はっきりと分かった。

 だが、まだ安心できない。

 コウスケは、耳をドアに強く押し付けて、最後まで音の行方を聞き漏らすまいと真剣な表情を浮かべていた。


 一方、ビン子はキョトンとした表情で部屋の中をきょろきょろと見回している。

 ――あれ?

 そう、ココはビン子にとって見覚えがある部屋であった。

 そう、タカトとビン子が、ソフィアと初めて会った部屋。

 最初に連れてこられた、ソフィアの所長室である。

 しかし、今は、その部屋の中には、誰もいない。

 ソフィアが肘をつき笑っていた机にも、誰の気配もなかった。

 だが、つい先ほどまでいたのであろう。机の上には読みかけの資料が置かれていた。

 よほどソフィアは、焦って部屋を出ていったのであろう。

 その資料は片付けられることもなく、無造作に机の上に散らばっていたのだ。


 ビン子は、机の上に置かれたその書類に目をやった。

 数ある書類に挟まるように一枚の色あせた写真が顔を出している。

 その写真には二人の10代後半とおぼしき若い女性たちが、楽し気に並んで歩いている姿が映っていた。

 コウスケが、ドアの向こう側を伺っている間、特にすることもなかったビン子は、暇そうに、書類を手に取るとパラパラとめくった。

 どうやらその書類には、融合加工技術の問題点がかかれているようであった。


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