第281話 色あせた写真(2)

 その昔、まだ、魔血ユニットがない時代のお話しのようである。

 第一世代融合加工技術の問題点は、使用者の大量失血である。大量失血をすれば、当然、戦闘に影響を及ぼしてしまう。そこで、この大量失血を回避するため、人間の体内の血液の代わりに外部ユニットから代替血液を供給する技術が開発されていた。この代替血液が完成した当時、夢の血液と呼ばれていたようである。それもそのはず、この代替血液によって、使用者は自らの血液を使う必要がなくなったのである。

 この代替血液の開発は成功したかのように思えていたが、実は、代替血液の開発は失敗に終わっていた。その中身は、単に人間の血液と動物、魔物の血液を混合したものであったのだ。ようは、人間の血液を外のタンクに詰めて、他の生き物の血と混ぜただけなのである。そのため、この代替血液を作るために、大量の人間の血液を必要としていたのである。

 しかし、代替血液が完成したと宣言した手前、融合国内で人間の血を集める訳にはいかない。そこで、隣国の情報の国から、身寄りのない孤児、奴隷、罪人などをかき集めて、その血を代替血液として使用していたのである。当然、奴隷、罪人と言えども他国の住人たちである。勝手に殺していいわけはない。そのため、融合国では、極秘裏に、情報の国から人をさらっていたのであった。

 だが、情報の国もバカではない。情報の国は、いち早く、融合国が人をさらっていると察知した。外交を通して融合国を非難するも、融合国は知らぬ存ぜぬで相手にしない。消えていく人の数は一向に収まらない。次第に、この二国間の間には亀裂が走っていった。

 情報の国は、その名の通り、情報取集には秀でている。そう、情報の国では、忍者やスパイなどの職業の者が多いのである。そのため、情報の国は、人さらいの証拠を掴もうと、融合国にスパイや忍者を放ったのである。


 そのスパイとおぼしき対象者たちを映した色あせた数ある写真の中に二人の女性が仲良く楽しそうに映っていた。

 二人は、おそらく10代後半ぐらいだろうか。

 だが、二人とも美人である。

 その装いから観光にでも来たかのようで、アイスを食べながら談笑している。


 ――あれ……こっちの人って蘭華と蘭菊のお母さんよね。そして、こっちの人はアルテラが嫌っている美人秘書さん。


 ビン子は、色あせた写真に記された日付を見た。

 その日付は、今から18年も前の日付であった。


 さすがビン子である。

 これが、もしタカトであれば、この二人の女性が、紅蘭とネルであったことに気づくことはなかったであろう。

 実際に今の紅蘭とネルの年齢はアラサー、いや、アラフォーと言ったところか……

 それだけ時間がたっていれば、容姿や雰囲気も変わっていてもおかしくはない。

 だが、ビン子は気づいた。

 この辺りが女性の勘と言ったところなのだろう。

 ただ、残念なのは、ビン子が気づいたのはここまでだった。

 なぜ、二人の写真が、ココにあるのかと言うことにまでは、思いがまわらなかったのである。

 そう、二人のつらい過去のことなど、ビン子には分かるはずもなかったのだ。


 少し、この写真の事について読者の方のために触れておこう。

 ちなみに、これはビン子の知らないことである。

 

 おそらく、18年前に紅蘭とネルは情報の国から、この融合国に来たのであろう。

 だが、融合国に入ったはいいが、すでに二人は、情報国のスパイとして目をつけられてマークされていたということなのだろう。

 その当時、素性のわかったスパイは投獄して、情報を聞き出すために、拷問をくわえていた。口を割ったスパイは、奴隷として生きながらえたという。そう、オオボラが買って使役している奴隷たちのようにだ。


 しかし、紅蘭とネルは年若き美女。

 おそらく、この国の宰相のアルダインが放っておかなかったことだろう。

 投獄された二人は、おそらく、アルダインの手によって、拷問されたのに違いない。

 そう、エメラルダの時のように……


 だが、エメラルダは罪人として胸をそがれ、顔に焼きごてを当てられたというのに……なぜ、ネルは今、アルダインの神民となっているのであろうか?

 そして、紅蘭は、一般街で普通に結婚し蘭華と蘭菊を身ごもり、普通に生活することができたのであろうか。


 そうそれは、悲しい二人の絆。

 紅蘭を救うためにネルが全ての疑惑を一人で被り、拷問を受けたのであった。


 絶え間なく続く凄惨な拷問。


 ついに、ネルはアルダインの条件を飲んだのである。


 ワシの子を産め……


 しかし、生まれたのは忌まわしき緑女……

 生きることも、存在することも忌み嫌われる赤子……


 だが、それはネルにとって唯一の家族……

 ネルにとって生きる希望……


 ――この子が生き残るためなら、何でもする……

 ――奴隷よりもひどい扱いを受けようとも、あの子が幸せになるのなら……

 きっと、ネルはそう思ったのかもしれない。 


 



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