第282話 ビン子捕まる
ドアに耳をつけるコウスケが手を振り手招きしている。
どうやらビン子をドアのそばへと呼んでいるようだ。
外の足音が聞こえなくなったことをコウスケからささやかれたビン子は、安心しきっていた。
コウスケは部屋を出ようとドアのノブに手をかけた。
ガチャ
ドアを開けると、そこにはジジイが眼をこすりながら歩いていた。
あれ? 足音は聞こえなかったはずなのに……
コウスケは自分の耳を疑った。
だが、それは仕方ない。目の前のジジイは靴ではなくスリッパをはいていた。
しかも、引こずるように歩いているではないか。
それでは、守備兵たちのようなはっきりした足音など聞こえる訳がないのである。
「イテテテ」
「どうしたんですか?」
ビン子は、心配そうに老人に声をかけた。
「ちょっと、目に石鹸を入れられて……」
石鹸が目に入ると、とんでもないぐらい痛い。
それはビン子もよく知っている。
と言うのも、小さい時に、タカトと共に風呂に入れば、決まって、汚物消毒と言って、石鹸の泡を投げてくるのである。
やめてよと言えば言うほど、喜んで投げてくる。
そんな石鹸が目に入ろうものなら、痛くて痛くて泣き叫んでしまうのだ。
まぁ、大体そんな時には、権蔵が飛んできて、タカトの頭にげんこつを落すのである。
そして、二人して風呂場で大泣きなのだ。
「それは大変ですね」
ビン子はそっとハンカチを差し出した。
ジジイは、受け取ったハンカチで目をこする。
よほど石鹸が目に入ったのか、ハンカチが何度も何度も左右の目を行き来していた。
「ありがとう、助かったよ」
やっとのことでジジイは、顔からハンカチを離した。
今まで、手やハンカチで覆われていたそのジジイの顔が、はっきりと表れた。
やけにニコニコと嬉しそうである。
石鹸が取れたのがよほどうれしいようだ。
「あっ!」
ビン子は一瞬固まった。
――このジジイは、あの時の!
そう、研究棟で異質なモノたちと一緒に出てきた男である。
そして、タカトたちに向けて、その異質なモノたちをけしかけて襲わせた張本人!
そうケテレツであった。
ケテレツはトイレでタカトに石鹸で目つぶしをされたのち、何とか手探りでトイレから出てきたのであった。
ハンカチで目を拭いてから出てくればいいと思う人もいるだろう。
だが、大体、こういうむさい男のポケットには、ハンカチなどと言う役に立たないものは入っていないのである。
では、手はどうやって拭くのか? 貴女の方々は疑問に思うかもしれない。
だが、そんなことは簡単なのだ。
男の一物など、ほんの指先でつまむだけ。
ならば洗うのも、その指先だけで十分なのだ。
ついた水は、ぱっぱっぱっ! 最後にズボンで拭いて、ハイ完了!
そこ! 汚いっていわないの!
だいたいポケットの中には、ハンカチの代わりに緊急事態の時にいつでも使えるように、ドライバーやらハンマーやらが入っていたりするのだから仕方ないのである。
まあ、一体いつ、そんな緊急事態が来るのか疑問であるが、それはこの際、置いておこう。
だが、タカトのポケットにも同じようなものが入っているところを見ると、この二人、意外に気が合うのかもしれない。
「お前は! 侵入者!」
ケテレツは咄嗟に身構えた。
ポケットから取り出したドライバーを握りしめ、ビン子を威嚇する。
あっ! こういう時に使うのね! 納得! 納得!
先ほどはタカトにしてやられてしまった。
今度は油断はしない。
ケテレツは、大きな声で守備兵を呼び寄せた。
「であえ! であえ! 守備兵ども! であえ!」
その声に呼応するかのように廊下の奥から激しい足音がすごい勢いで近づいてきた。
コウスケは、とっさにビン子の手を掴む。
「ビン子さん! 守備兵が来ます」
その手を引きケテレツとは反対側、すなわち、カルロス達と別れた方向へと走りだそうとした。
しかし、その廊下の先の角から守備兵たちが現れた。
遅かった!
カルロス達のもとへは走っていけそうにない。
コウスケの手に力がこもる。
「ケテレツ様!」
「あの者どもを捕らえよ!」
「御意!」
守備兵たちが、小剣を構えた。
「ビン子さん! こっちに!」
廊下との隙間にとにかく走り出そうとしていたコウスケはビン子を守ろうと、自分の近くへと引き寄せる。
だがその瞬間、そのコウスケの勢いにビン子の足がもつれてしまった。
反射的に、受け身を取ろうと、コウスケとつないだ手をはなす。
その場に倒れ伏すビン子。
コウスケは、とっさに立ち止まり、振り返る。
しかし、すでに、ビン子の体は守備兵たちに取り囲まれていた。
「コウスケ! 逃げて!」
コウスケは、ビン子に駆け寄ろうとした。
しかし、ビン子を取り囲む守備兵の一人が、コウスケに体を向ける。
そして、小剣を振り上げるとともに大きく一歩を踏み出した。
その剣でコウスケを薙ぎ払おうというのであろうか。
とっさに、その足にビン子が懸命にしがみついた。
守備兵の体が、ビン子の重さで、ガクンとそのスピードを落とした。思うように進むことができないようである。
懸命に足をふりビン子を振り払おうとするが、ビン子は懸命にこらえる。
「早く! カルロスさん達のところへ!」
確かに、今のコウスケでは、この守備兵たちを相手にするのは不可能だ。
なにせ、守備兵たちと戦う道具を何も持っていない。
ケテレツでさえドライバーを持っているというのに、丸腰なのだ。
やはり、ポケットの中にはハンカチではなくて、ドライバーを入れておくべきだったのだ。
コウスケは、悩んだ。
このまま二人が捕まっては、どうしようもないのも事実である。
ならば、カルロス達のところに戻り、カルロスと、カレエーナ師匠と共にビン子を救出するという手が最善かもしれない。
「ビン子さん! 待っててください! 必ず師匠と共に戻ってきます!」
守備兵たちがビン子を取り囲んだすきに、コウスケは廊下を走った。
「待て!」
守備兵が声をあげる。
ビン子が守備兵の足を必死につかむ。
「こいつ!」
だが、今度の守備兵は、先ほどの守備兵と違って優しくなかった。
守備兵の足がビン子の頭を思いっきりけり上げたのだ。
口から血を流し吹き飛ぶビン子。
壁にしたたかに打ち付けられたビン子の視界がグラッと歪んだ。
しかし、神であるビン子。
なぜ、神の盾が発動しないだろうか。
そう、今は、またもやタカトと離れ一人であったのだ。
ケテレツがビン子の側でうんこ座り。
頭をツンツンとつつく。
「面倒かけさせやがって……うん?」
ビン子の口から流れる血を指でこすり取ると、目の前に持ってきて、クンクンと匂う。
もしかして、この男、変態?
――コイツ、もしかして神か?
どうやら、ケテレツは、ビン子の血に神の生気が宿っていることに気づいたようである。
ケテレツの顔がどんどんとにやけていく。
――これはいいものを拾っちゃったかも。
ケテレツは、スッと立ち上がると守備兵たちに命令した。
「こいつを地下の改造体3000のところまで連れていけ!」
「御意」
守備兵たちは、ビン子を担ぐと地下への階段を降り始めた。
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