第210話 苦肉の策(6)

 次兄のコウセンは砂漠の中をひた走った。

 長兄のコウケンの狙い通り、神民魔人の部隊も二つに分かれついてきた。

 コウセンの前を神民兵たちのラクダが、砂埃を巻き上げバタバタとかけている。

 神民魔人の追撃部隊もまた、だいぶ間延びをしてきたようだ。


 後ろを振り向くコウセン。

 ――頃合いか……


 先に走る神民兵に向かって叫んだ。

「神民兵ども! 騎士の門に向かって突っ走れ! あとはこの俺! コウセン様に任せておけ!」

 一般兵であるコウセンが、身分的に各上である神民兵に命令する。


 コウセンは、ラクダの手綱を大きく引いた。

 ラクダが前足を上げ身をひるがえす。

 その背の向こうに、神民兵たちが駆けていく


「すまぬ。コウセン! あとは任せた!」

 しかし、神民兵から帰ってきた言葉は、怒声ではなく、後ろ髪引かれるような慚愧の念であった。

 それは、日頃のコウセンの行いからなのであろう。

 口では偉そうに言うものの、駐屯地内での彼の行動は、常に誰かのためになされていた。

 けがをしたものがいれば、真っ先に駆け付け手を差しのばす。

 病気で臥せったものがいれば、朝まで横で付き添った。

 あっけらかんとした彼の口ぶりは、身分の違いさえも感じさせなかった。

 常に彼の周りには、人がいた。

 多くの笑顔が満ち溢れていた。


 後ろ手に手をあげ、見送るコウセン。


「さてと、いっちょやってやるか!」


 ラクダを降りたコウセンは足を肩幅に広げ、型を構える。

 そして、半目に開き、大きく息を吸い込んだ。

 緩やかに吐き出す息とともに、コウセンの生気が高まっていく。


「どけ! 小僧! 食われたいのか!」

 先頭を走るカンガルーの神民魔人が、しっぽをばねにして拳を突き出した。


 コウセンは、カッと目を見開いた。

 カンガルーの魔人の口から牙が数本砕け跳ぶ。

 よだれと血をまき散らし、カンガルーが吹き飛んだ。

 やはり一之祐がハトネンの騎士の盾を攻撃することで、神民たちの生気が減少し始めているのであろうか。神民魔人が、いとも簡単に吹き飛んでいく。


 はぁぁっぁ!

 コウセンは構える。

 体から発せられる生気は、既に闘気へと変化していた。

 カンガルーはふらつきながらも、再度、殴り掛かってくる。

 そのフットワークの軽やかな事。ここは砂の上であることを全く感じさせない。


万命拳奥義奉身炎舞ばんめいけんおうぎほうしんえんぶ!」


 コウセンの体から赤い炎のような気が舞い上がる。

 その気は、闘気をとおりこし、覇気の域まで高められていた。

 ここまでの覇気、騎士の中でも持つものはそうそういないだろう。

 あのセレスティーノなど、騎士のくせに闘気どまりなのであるから。


 次々と襲い来る神民魔人たち

 コウセンの周りには、既に数十体の神民魔人の亡骸が転がっていた。

 そして、空になった竹筒もすでに二本転がっている。

 しかし、コウセンもまた、血まみれであった。

 片目はつぶれているのか、一筋の血が頬をつたいおちていく……左腕はだらりと力なく垂れている。

 いかに一之祐が神民たちの生気を削ったとしても、やはり神民魔人は神民魔人である。


「光芒一閃!」


 コウセンのカウンターが神民魔人の顎をとらえた。

 その瞬間、神民魔人の頭が砕け散る。

 たじろぐ、神民魔人たち。


「おいおい……こいつ、ただの人間だろ……」

「なんで、俺たち神民魔人が押されているんだよ」


 肩で息をするコウセン

「教えてやるよ! お前らがたんに弱いんだよ! 覚悟が違うんだよ! 覚悟が!」


 ――残り6人……


 コウセンは、最後の竹筒を開けた。


 ――これが最後の一本か……足りるか……

 コウセンは一気に飲み干した。


「見せてやるよ! 奉身炎舞 奉ノ型鳥面鵠形ほうしんえんぶ ほうのかたちょうめんこくけい! わが命! 全て食らい尽くせぇぇぇ!」


 コウセンの拳が、魔人の体を貫いた。

 その拳は白い炎が揺らめく覇気をまとっていた。

 いや、拳だけではない、コウセンの体そのものから白い炎が勢いよく噴き出している。

 次々と魔人たちが吹き飛んでいく。

 しかし、コウセンの蹴りが魔人の頭を砕くとともに、その身にまとう白き炎の勢いは弱まった。

 また一人、魔人が倒れ落ちる。

 白き炎もまた、激しさを失う。

 コウセンの一挙手一投足にともない、白き炎が陰っていく。

 まるで、コウセンの命を吸い取るかのように

 。そう……まるで、ろうそくの炎が消えていくかのように。


 コウセンは、ついに膝をついた。

 もう、その体からは白き炎は完全に消えていた。

 それどころか、あのたくましかったコウセンの体が、大病でも患ったかのようにげっそりとやせ細っている。

 まるで骨と皮の骸骨か。

 しかし、その夕暮れの砂漠の上に、立っているシルエットはただ一つ。膝をついているとはいえコウセンただ一人。そう、全ての魔人たちは、砂の上に倒れ散っていた。


「コウエン……兄ちゃんやったぜ!」


 天を仰ぐコウセンは手を突き上げた。

 その顔はげっそりとこけてはいたが、どこか誇らしげであった。


 ゲホッォ!


 しかし、その刹那、コウセンの胸を一本の腕が貫いた。

 背後の砂地の底から突き出された一本の細長い腕。

 いや、触手と言ったほうが適当か。

 コウセンの目の前に大輪の血花が咲き広がった。

 口から吐き出される大量の血液。


「くそ……もう一匹いやがったか……」


 砂面へと、ゆっくりと倒れていくコウセンの体。


 砂丘にやわらかな風が吹く。

 飛び交う砂が夕日の光を散らしゆく。

 砂は、砂丘に倒れ落ちたコウセンの体を覆っていった。

 ゆっくりと、ゆっくりと。

 まるで、勇者を埋葬するかのようにゆっくりと。


 しかし、次の瞬間、コウセンの体が地中へと吸い込まれた。

 まるで、風呂の底に穴が空いたかのようにスポンと消えた。


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